先生と私の三ヶ月
「これって、いじめですか?」
 お酒の匂いをぷんぷんさせて、夜11時に帰宅した先生にそんな言葉をぶつけた。
「何が?」
 先生がリビングのソファに腰かけ、面倒くさそうにこっちを見た。
 何が? だなんて白々しい。冷蔵庫の掃除をさせたのは先生なんだから、私が怒る事はわかっていたくせに。

「書斎の冷蔵庫の事です」
 感情的にならないように静かに言葉にした。

「気づいたのか」
「深夜に買い物に行かせて食べていないってどういう事ですか?」
「食べるか食べないかは俺の自由だ」
「食べないんだったら、毎晩、買いに行かせる必要あるんですか?」
「あるよ。面白いからな」
「面白い……」
 人がどんな想いで毎晩、コンビニまでチャリをこいだと思っているのよ。怖そうな人がいて、後ろから刺されるかもって思った日もあったのよ。私、けっこう命がけで行ってたのに、それなのに……。

「やっぱり面白いな。ガリ子のそんな顔を見るのは」
 はあ? 面白いですって? 腹立つ。何よ。ひじ掛けの所に腕をついて頬杖をついた恰好は。高みの見物ってワケ?

「わざと冷蔵庫の掃除をさせましたね。私に気づかせる為に」
「そうだ」
「先生って」
「性格が悪いと言いたいか? 怒ったか?」
「はい。めちゃくちゃ腹が立ちます」
「いいね。その表情。もっと怒った所をみたい」
 先生が陽気な声をあげて笑った。
 頭に来た。テーブルの上の水の入ったコップを手に取り、先生に向かってコップを振った。

 中に入っていた水がいきおいよく出て、先生の顔から胸の辺りを濡らし、水色のシャツがぐっしょりと濡れた。 

 先生は唖然としたように、二度、瞬きをした。
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