先生と私の三ヶ月
「いや、先生の新作はうちで出させて下さい」
 黒縁メガネが横から入ってくる。
 それに続くように他の編集者たちも書いてくれと言い出した。

「帰る」
 先生がタブレットを置いて立ち上がった。

「あ、お帰りになられますか」
 編集者たちが慌てて席を立った。

「ついて来るな。ついて来た奴の所では絶対に書かないからな」
 先生の怒ったような声が響いた。
 さっきまで機嫌よく歌っていたのに、何に腹を立てたんだろう?

「先生、聞きましたよ。次の作品は集学館で書くんでしょう? 原稿料、2倍だしますからうちで書いて下さいよ。先生が行きたがっていた海外取材も全部、うちで手配させて頂きますから」
 黒縁眼鏡が先生の前に立ちはだかる。

「邪魔だ」
 先生が黒縁眼鏡を睨んだ。なんか先生、怖い。

「うちで書くと約束して下さい」
「いや、次はうちで書いて下さい。うちだったら先生の書きたいように書けます」
「何言っているんだ。望月先生はうちで書くんだ」
 編集者たちが言い合いを始める。
 言い合いは激しくなり、黒縁めがねが白髪の編集者の胸倉をいきなり掴んだ。

 これは何?
 みんな望月先生の新作が目当てって事? それでケンカ?

「ガリ子、なんとかしろ」
 先生がいきなり私の背中を押した。勢いよく私は黒縁めがねと白髪の編集者にぶつかって、床に尻もちをつく。

「ちょっと、先生何するんですか?」
 先生の方を見るとさっきまでいた場所に姿がない。

 あれ? 先生どこ?

「望月先生が逃げたぞ」
 黒縁眼鏡の言葉に編集者たちが一斉にカラオケルームから飛び出した。

 もうっ、なんなの?
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