先生と私の三ヶ月
「えーと、葉月今日子(はづききょうこ)さん。29歳。既婚者」と履歴書を読み上げ、黒田さんは驚いたようにこっちを見て「ご結婚されてるんですか?」と口にした。

「はい。結婚して5年になります」

「アシスタントの条件は住み込みになるのですが大丈夫でしょうか?」

「主人が10月まで上海に出張中でして。丁度アシスタントとして働く三ヶ月間はいないんです」

 純ちゃんが上海に行っている間、何かしていたかったのも応募の動機だった。
 結婚を期に仕事は辞めていた。

「そうですかー。大変ですね。あ、お子さんは?」
「いません」
 胸がズキッと痛む。乗り越えなきゃいけない事だとわかっているけど、子供の事を聞かれるのはまだ辛い。はぁーと嫌な気持ちを吐き出すようにため息をつくと、黒田さんに「どうかされましたか?」と聞かれた。

「ちょっと緊張して。面接なんて久しぶりだから」
「そうですよねー。緊張しますよねー。私も緊張します」
 黒田さんが場の空気を和ませるような笑顔を浮かべる。その笑顔につられて私も笑った。この人、いい人だ。直観的にそう思えた。
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