黒衣の前帝は戦場で龍神の娘に愛を囁く
「そう、普通よ。……それで龍神族の末裔は、どのぐらいいるの?」
「ああ。龍神族の末裔は数百人前後だろうか。国の繁栄の象徴とし身分は貴族階級で、それなりに裕福な暮らしをしている」
「虐げられていないのなら、それはそれで嬉しいわ」
末裔であっても龍神族の血が流れているのなら、私にとっては人ごとには思えない。そう思い、そこでふと気づく。ダリウスが私に好意的なのは同胞として、親近感からくるものではないだろうか。だからこそスキンシップが多くても、親しげでも不快に思わなかったのならば納得がいく。
(うん。やっぱり、愛や恋という感じゃないのよ、きっと)
「ユヅキ。その宝玉がなければ、体質改善は難しいか?」
「ん~。……今から貴方──ダリウス専用の宝玉を作ることは難しいけれど、漏れ出ている微量の魔力を魔道具に吸収させて、それを武装展開させることなら出来ると思うわ」
「ほう」
「私が貴方──ダリウス用の特注魔道具を作るから、婚約者《役》を白紙にするのはどう?」
「む……」
話していてダリウスの体質が改善されるなら、私への関心が薄れるかもしれない。そう思うと少しだけ胸がチクリと痛んだ。けれど、すぐに頭を振って考えを振り払う。
無人島でたった一人しかいないから選ばれるのと、その他大勢の中から選び抜かれるのでは全く異なる。安易に好意を寄せられても環境や条件が変われば、いつだって気持ちなど移りゆくものだ。
(そうよ。……兄様の時もそうだったじゃない。いくら地上に残った龍神族の末裔だったとしても、人間をそう簡単に信じたら馬鹿を見るのは私の方だわ)
龍神族は一途であり、生涯たった一人しか愛さない。
つがいを得るのも一度だけ。だからこそ慎重に相手を見極める必要がある。たとえ偽りの婚約者であっても、容易に引き受けるわけには行かない。
そのままずるずると、なし崩し的な感じで懐柔させられる可能性もある。だいたい貴族階級は愛人、愛妾など一夫多妻なんてザラだ。複数の人間を同時に愛する感覚など、私たち龍神族にはそんな習性はない。人間的には愛が重いなんて言うのだろうけれど、それは種族生態の違いだろう。
「俺はお前が気に入った。魔導具も興味深いが、婚約者を──つがいを選ぶのならユヅキがいい」
「丁重にお断りするわ」
即答で返すと、ダリウスは意外そうな顔で目を見開いていた。私が断ることを全く考えていなかったのだろう。瞬きを何度もしている姿は、無骨さが少し薄れて可愛く見えた。
「ははっ……断ることなど考えていなかった」
「そういう類の冗談は好きじゃないの」
「冗談?」
先ほどよりも低く鋭い声に、ドキリとした。
ダリウスはどこか不服そうな、苛立った顔をするので私は思わず身構えてしまった。
「俺が冗談を言っていると思っているのか? そもそも俺が愛人や愛妾を囲うようなやつだと?」
「体質で免疫が無いのだもの……。か、可能性はあるでしょう。今までの反動とか」
「龍神族の末裔は、その習性のせいか一夫一妻の傾向が強く、俺もその一人だ。打算や損得勘定や利害関係だけで連れ合いを選ぶものか」
「そう言われても、魔道具を得て同じ言葉が言えるのなら説得力も出るのだけれど」
「そもそも惚れた女以外に好かれようと思ってない」
口だけだ。そう言い返そうとして、私は自分が感情的になっていることに気づく。このままでは埒があかない。
(どうにか婚約者役を辞退する方法はないかしら?)
「お前が乗り気でないというなら、仕事として強制的に、選択の余儀なく、確実に、婚約者役になるように仕向ける」
「な、何よ?」
獲物を狙う獣のような視線に私は言葉に詰まる。優しいけれど、それだけではない強気の姿勢にダリウスの雰囲気ががらりと変わった。