黒衣の前帝は戦場で龍神の娘に愛を囁く
 ダリウスはその後も甲斐甲斐しく私の看病に付き添い、傍にいてくれた。手当はもちろん食事や部屋の移動などもずっと。病人とはいえ「どうして、そこまでしてくれるのか」そう問うても「俺がそうしたいと思っているだけだ」と言い出し、二言目には「婚約者として当然だろう」と、心から楽しそうに言い切った。

 さすがに「一緒に入浴するか」と言い出した時は、全力で断った。「すでに手当てをされた時に、お前の体など全部見ている」と言われた時は第十二術式魔法(必殺技)を叩き込みそうになったが、治療の一環だったのだと思い直し怒りを収めた。

 ダリウスは私がどんな反応をしても、楽しくてしょうがないと言ったような顔で笑う。そんな顔をされてしまっては怒る気も失せてしまった。
 だって、この男は心からそう思っているというのが、魔力を通して分ってしまうから。

 それから四日が経った。
 ダリウスは言葉通り私を恋人のように扱う。確かに彼が傍に居る方が傷の回復は早いのだが、どうにも過剰なスキンシップは慣れない。
 基本的に私を膝に乗せるし、抱きしめることはもはや日課になりつつある。唇にキスをすることはないけれど、額から、頬や首へのキスも日に日に増えていた。傍から見ていたら仲睦まじい恋人に見えるだろう──というか誰も見ていないのに、ここまでする必要はあるのだろうか。

 毎回、彼のスキンシップの多さを指摘するが「気づいたら」だとか「ついな」と笑ってまったく反省する気はない。さらには「それもこれも龍神族の習性だろう」と言い出す始末だ。
 確かに父様や兄様はつがいに対して、スキンシップや独占欲が強かったのを思い出す。だがダリウスはその末裔であって、必ずしもそうとは限らないはずだ。

(人間は心を許したら駄目だ。人間は平気で人を騙し、貶め、利用して危険なのに……)

 そう考えつつも気づけば、その温もりが心地よくて悔しいけれど安心してしまう。
 窓から漏れる日差しは温かで、風は涼しい。ダリウスの膝の上にも慣れたからか、うとうとと押し寄せる睡魔に抗えず、私は意識を手放す。こんなのはおかしいって思っているのに──。
 穏やかな日々はいつぶりだろう。

「……ん、また私寝ていた?」
「ああ。よく寝ていたよ」

 目を覚ますと、日差しはまだ高い。どうやらうたた寝をしてしまったようだ。いつの間にか私はベッドの上で眠っていた。ダリウスはベッドに腰かけながら書類に目を通している。仕事なら執務室に戻ればいいのに。
 そう思いながらも、目を覚ました時に誰かが傍に居てくれるのはホッとする。私の心はチグハグで矛盾ばかりだ。

(怪我をすると心も弱まってしまうって兄様も言っていたっけ……)
「もう少し寝るか?」
「ううん。……少し喉が渇いたから起きるわ」
「そうか。なら軽い食事を用意させよう」

 そう言うなり、ダリウスは魔導具の呼び鈴を鳴らした。これは城砦内であれば、ある特定の者に音が聞こえるようになっている。鈴の鳴らした音で侍女たちは要件を判断するらしい。

 ダリウス曰く、自身の体質のせいで侍女や従者たちと同じ空間に居ることは難しいらしい。そのため食事や寝室は、日ごとに別の階層の部屋と移動している。東の塔の時は、執務に稽古や読書の時に寝室や部屋の掃除などを行っていたそうだが、今は私に付きっきりだから、この様な対応をしているのだとか。

 準備が出来たのか魔導具の通信機で連絡が入り、ダリウスは私を抱きかかえて寝室を出る。二つ下の階にある部屋へ入ると、食事のいい香りが鼻腔をくすぐった。
 いつものようにダリウスは私を抱えたままソファに腰を下ろす。日に日に彼らの好意に甘えている自分が情けなくなる。だからか、ぽつりと本心が漏れた。

「ダリウスが離れていても、もう体の方は自然治癒だけで平気なのだけれど?」
「却下だ。俺が傍に居たい」
(そういう返しは一番困る……)

 胸がチクチクと痛み、自然と手は胸元を抑えた。それを見ていたダリウスは不安げな顔で私の顔を覗き込む。

「ユヅキ、傷が痛むのか?」
「大丈夫よ」
「ならよかった」

 優しい声音でダリウスは私を気遣ってくれた。武骨な手だというのに、頬に触れる仕草はとても優しい。黒い髪に、黒い瞳、龍神族を象徴する雄々しい二本の角はあるものの、私のような純粋な龍神族ではない。彼は人間だ。背格好も軍人というだけあってがっちりしている。

「包帯は食事の後にまた取り換えよう」
「一人でできるわ」
「今更だな」

 意地悪で、強引で楽しそうなダリウスに、私はこの慣れない環境に恥ずかしさと、戸惑いでいっぱいだった。
 どうしてこうなったのか。
 私は天界から「刀夜(ある男)」を追いかけてきたというのに──。
 とはいえこの四日の間、ダリウスと一緒に居ることが多かったので、皇国イルテアの現状を知ることが出来たのは、大きな収穫だ。
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