黒衣の前帝は戦場で龍神の娘に愛を囁く
ダリウスから聞き齧った内容はこうだ。
今から十年ほど前に国中で一斉に魔物が大量発生するという大事件が起こった。この国は建国当初から巨大な結界が常時展開して魔物の侵略を防いでいたそうだが、その結界が十年前に突如消滅したという。そのせいで国中が混乱し、未曽有の危機に陥った。魔物は《降魔ノ森》を抜けて国内に押し返したのが、当時軍の総司令官のちの前帝だった。
話を聞く限りでは、その前帝も龍神族の末裔なのだというのだから刀夜という可能性はある。私はダリウスに刀夜のことを話した。あくまで龍神の意向を無視して単独で暴走した──という所までだ。同族殺しをしたことは話したが、私を迎えに来るなどと言っていたことは伏せた。
この話をすれば刀夜について根掘り聞かれるだけならいいが面倒な嫉妬に、スキンシップがこれ以上増えても困る。刀夜は家族同然の付き合いだが、私にとっては二番目の兄のような存在だ。刀夜に昔、告白をされたこともあるが、その時も速攻で断った。
(私が強くないと言ったから……刀夜は、同族殺しをしてまで強くなろうとした?)
思い返せばあの時、猫々と馬仙を殺した時に言ったセリフをもっとよく考えるべきだったのかもしれない。
「トーヤ、だったか。この世界を滅ぼすというのなら、十年前の一件がそれに該当するかもしれない。確かにあの時代の魔物の発生には違和感があった」
「それもそうなのだけれど、イルテアが建国時から魔物がいる方が驚きだわ」
「その言い回しだと、元々魔物はそう頻繁に発生するものではないと?」
「ええ……。もしかすると龍神族が天界に去ってから、この世界で何らかの変動があったのかもしれない。確証はないけれど」
「魔物とは一体なんなのだろうな。黒霧より現れる異界の存在……」
「この星を蝕む病原菌のようなものかしら。人だって生きていれば病気や怪我をするでしょう。それと同じように星を蝕もうとする外敵がいるということよ。……話を戻すけれど、その十年前の事件で大きな成果を上げて、のし上がった人物は前帝以外に居るの?」
「ああ、そうだな。俺の知る限りで二人いる」
私はお茶を飲もうとダリウスから離れ、テーブルに二人分のティーカップを用意する。ダリウスは自分の膝の上に戻ると思っていたが、私は彼の隣に座って緑茶を楽しむ。
彼は少しだけ残念そうな顔をしつつも、ティーカップに手を伸ばした。
「ん、美味しい。やっぱりいい茶葉を使っていると美味しいわね」
「そうだな。ユヅキが淹れたお茶か。……どうにか後世に残せないものか」
「いや飲んで。今すぐに冷めちゃうし、風味が落ちるわ」
「ならまた淹れてくれるか?」
その言い方は卑怯だ。
だが身の回りのことを世話になっているのに、断るには良心が痛む。
「……たまになら」
「それは楽しみが増えた」
ダリウスは上機嫌でお茶に口をつける。
今から十年ほど前に国中で一斉に魔物が大量発生するという大事件が起こった。この国は建国当初から巨大な結界が常時展開して魔物の侵略を防いでいたそうだが、その結界が十年前に突如消滅したという。そのせいで国中が混乱し、未曽有の危機に陥った。魔物は《降魔ノ森》を抜けて国内に押し返したのが、当時軍の総司令官のちの前帝だった。
話を聞く限りでは、その前帝も龍神族の末裔なのだというのだから刀夜という可能性はある。私はダリウスに刀夜のことを話した。あくまで龍神の意向を無視して単独で暴走した──という所までだ。同族殺しをしたことは話したが、私を迎えに来るなどと言っていたことは伏せた。
この話をすれば刀夜について根掘り聞かれるだけならいいが面倒な嫉妬に、スキンシップがこれ以上増えても困る。刀夜は家族同然の付き合いだが、私にとっては二番目の兄のような存在だ。刀夜に昔、告白をされたこともあるが、その時も速攻で断った。
(私が強くないと言ったから……刀夜は、同族殺しをしてまで強くなろうとした?)
思い返せばあの時、猫々と馬仙を殺した時に言ったセリフをもっとよく考えるべきだったのかもしれない。
「トーヤ、だったか。この世界を滅ぼすというのなら、十年前の一件がそれに該当するかもしれない。確かにあの時代の魔物の発生には違和感があった」
「それもそうなのだけれど、イルテアが建国時から魔物がいる方が驚きだわ」
「その言い回しだと、元々魔物はそう頻繁に発生するものではないと?」
「ええ……。もしかすると龍神族が天界に去ってから、この世界で何らかの変動があったのかもしれない。確証はないけれど」
「魔物とは一体なんなのだろうな。黒霧より現れる異界の存在……」
「この星を蝕む病原菌のようなものかしら。人だって生きていれば病気や怪我をするでしょう。それと同じように星を蝕もうとする外敵がいるということよ。……話を戻すけれど、その十年前の事件で大きな成果を上げて、のし上がった人物は前帝以外に居るの?」
「ああ、そうだな。俺の知る限りで二人いる」
私はお茶を飲もうとダリウスから離れ、テーブルに二人分のティーカップを用意する。ダリウスは自分の膝の上に戻ると思っていたが、私は彼の隣に座って緑茶を楽しむ。
彼は少しだけ残念そうな顔をしつつも、ティーカップに手を伸ばした。
「ん、美味しい。やっぱりいい茶葉を使っていると美味しいわね」
「そうだな。ユヅキが淹れたお茶か。……どうにか後世に残せないものか」
「いや飲んで。今すぐに冷めちゃうし、風味が落ちるわ」
「ならまた淹れてくれるか?」
その言い方は卑怯だ。
だが身の回りのことを世話になっているのに、断るには良心が痛む。
「……たまになら」
「それは楽しみが増えた」
ダリウスは上機嫌でお茶に口をつける。