黒衣の前帝は戦場で龍神の娘に愛を囁く
 翌日。
 兎にも角にもダリウスが普通の生活を送れるようにすることから始めた。
 魔道具を作るにあたって、さして準備は必要ない。人間のように工房を設けなくても手軽にできるのだ。魔力操作に長けた龍神族だからこそ、可能としているのだろう。なのでさっさと魔導具を作ってダリウスに渡してしまおうと画策していたのだが、相手はあのダリウスだと言うことを私は失念していた。

「あ」
「あ」

 パキン、と金属が軋み砕ける。銀色の腕輪はその存在そのものが消え去ったのだ。

「んー。普通の術式ではやっぱりこの程度の硬度が限界ね」

 私はベッドに腰を下ろしながら呟いた。つい先ほど構成した銀の腕輪をダリウスに付けてもらったのだが、ものの数分で砕け散ったのだ。
 わかっていたが思っていた以上に、彼の放出している魔力は多いようだ。

「まあ魔石も使ってないからこんなものね。じゃあ次はこれ右腕につけて」
「ああ。……しかし試作品とはいえ、お前の作った物が手に残らないのは、複雑だな。どうにかして保管できないものか」
「そう言うのはいいから。肉体的負荷がかからないためにも少しずつ調整しながら作るのがいいのよ。いきなり魔力放出を抑えると、その変化に耐えきれず肉体的にも影響が出るかもしれないもの」
「ほう。随分と心配してくれているようで嬉しいな」
「引き受けた仕事は、キッチリしたい主義なだけ」

 そう言いながら私は、ダリウスから貰った紙に記録をつけていく。

「ねえ、ダリウス。今日の夜に見晴らしのいい場所で月を見たいのだけれど、外に出てもいい?」

 突拍子もない話だったが、ダリウスは急に大輪が花ひらいたような笑みを浮かべた。
「何か余計なことを言っただろうか」と冷や汗が出る。

「そうか、そうだな。たまには夜の散歩も悪くない」
「う、うん……?」
「夕食後に西の展望台へ行けるように手配をしておこう」
「ありがとう」

 素直に承諾してくれるとは思わなかったので、私は手放しで喜んだ。だが、この時に気づくべきだった。ダリウスがそう簡単に私の傍を離れないという事実を。


 ***


 夕食後、私はダリウスに抱き上げられたまま西の展望台に来ていた。
 確かに月を見たいといった。
 夜の散歩も出来ている。外気の風が心地よい。周囲には遮蔽物もほとんどないので、夜空の星々はもちろん、満月が煌めいて魔力も申し分ない。

(でも、なんでダリウスも一緒なのよ!?)
「今日は満月だったか。夜の散歩というのもたまにはいいものだな」
「あー、ダリウス」
「なんだ?」
「執務もあって疲れているでしょう? 私に付き合わなくても……」

 あと出来るのなら、この横抱きされているのも何とかしたい。そう思ったのだが、ダリウスの笑顔で私は言葉尻が弱くなっていく。

「ユヅキとの時間は出来るだけ作りたい」
(そういうことを、またさらっと……)

 何度目かのため息を吐いた後、ダリウスに降ろしてもらい、素早く術式を展開させた。半径五メートルはある白亜の魔法陣が空に浮かび上がる。螺旋を描くように三重の魔法陣にはそれぞれ光の紋様が浮遊しており、これが核となって周囲の魔力を吸収、分解、再構築による具現化させれば完成となるのだ。

 もっともこのやり方は龍神族が編み出したもので、人間で発展した魔導具技術とは大きく異なるだろう。
 音を奏でるように魔法陣の術式を調整し、紋様を入れ替えていく。配列を変えたり、余分なものは消してそうやって一つの塊に落とし込む。
 満月の魔力で白銀に煌めく光が徐々に一つに重なり、二重の輪の円を描いてしゃん、と音を立てて細身の腕輪が形成された。
 思ったよりも魔力のコントロールに手間取って時間がかかってしまった。久しぶりに魔導具錬成をおこなったのもあるけれど。
 考えてみれば、誰かの為に何かを作ること自体、久しぶりだった。
 額の汗をもう片方の手で拭う。

(ああ──、そっか。兄様によく作ってたっけ。それと刀夜にも……)

 ふらりと足が傾くと、夜空の満月が目に入った。青白く穏やかに微笑む月光。そのまま倒れて良いと思ったのだけれど、私の体を抱きとめる人物がいた。

「ダリウス……」
「傷口は開いていないな?」
「ええ。ちょっと疲れただけ」
「そうか……」

 絞り出す彼の声に、私は「何でもないのに」と微苦笑してしまう。「これも仕事だから」と言いかけて、言葉を飲み込んだ。

「はい。ひとまずこの腕輪をベースに改良を重ねていく感じにするけれど、いい?」
「もちろんだ。……ユヅキからの贈り物だ。大事に使わせてもらおう」
「うん……」

 皮肉めいた言葉も出ず、私は小さく頷いた。
 こうしてダリウスの体質改善のための魔導具が、形となった瞬間だった。もっとも原型が出来た程度なので、これから本格的に作り上げていくものの、ダリウスの体質緩和に一歩近づけたと言ってよいだろう。

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