黒衣の前帝は戦場で龍神の娘に愛を囁く
今の私は恥ずかしいことに、心臓の音が煩くて体が熱い。
暑いのとは違う。
こんなの──知らない。
胸の──奥が熱くて堪らないのだ。思考もさっきからまったくまとまらない。ダリウスが近くにいるだけで、一喜一憂する自分がいる。触れると熱がいっそう増して、心臓が煩く騒ぎ立てる。
《求婚印》を得て、ダリウスが本気なのだと本当に私を想っていたと認めるしかなかった。演技や利益のためだけで、この印は結べない。《刻龍印》の一つ前の印、異性に求婚する──つまりは、本気で愛しているという証拠なのだから。
(ふぁあああああああああああ! 待って待って。落ち着いて私。さっきから頭が回らないのだけれど! こんなふうになるものなの? あ、もしかして病気!?)
《求婚印》による体の変化かもしれないなどと、自分の今の状況を客観視できない理由をこじつける。そうやって理由を押しつけて、訳のわかなない感情を整理しようとした。
「ユヅキ? さっきから顔が赤いぞ。大丈夫か?」
「心臓に一、二箇所穴が空いて、熱くて痛いなのだけれど、これって病気よね? 全世界の人がこんな気持ちになるものなの!?」
「いや。穴が空いていたら、それ死んでいるだろう。……まったく、やっと自覚させたと思ったらこれか」
喉を鳴らして笑うダリウスを見ていると、ドキドキと胸が高鳴る。本当にどうしてしまったのだろう。
(あわわわわ。……だめ、ダリウスを直視できない! ダリウスってこんなにカッコよかったの?)
「言っておくが《求婚印》はあくまでも、意中の相手に好意を形にしたもので、心臓に影響力はないからな」
「う、うるさい」
私が逆ギレしてもダリウスは上機嫌だ。ふと最初にあった頃よりも、笑顔が増えていたことに遅まきながらも気づく。
(世の中の恋人や夫婦って、どうなっているのよ。心臓に毛でも生えているのかしら)
「──って、聞いているのか? ユヅキ」
「ひゃい!?」
私は世の中の恋人、夫婦に賞賛の念を贈った。友人や家族の好きとは全く異なる感情に、許容範囲を軽くオーバーした。
「つ、疲れたから今日は寝る」
やっとのことで絞り出した声に対して、ダリウスは身を翻した私を後ろから抱きしめた。ちょっとした触れ合いも、耳元で聞こえる声も、肌のぬくもりも嫌じゃない。
(今までの私、なんで平気だったのぉおおおおおお……! ダメ、恥ずかしくて死んじゃう……!)
「食事は取らなくていいのか?」
(声が近い。優しい気遣いが嬉しい──じゃなくて! ……というか恥ずかしくて無理! と、とにかく一度頭を冷やして……)
「ユヅキ?」
「し、食事の気分じゃないわ。これはホントのやつ」
「本当のやつってなんだよ。……もしかして、求婚印の影響か?」
「うるさい」
どうにもダリウスの顔がまともに見られない。今更だが距離感が近いし、よく平気だったと自分の鈍さに眩暈がしそうだった。
ぐぅうううう。
空腹だと言わんばかりにダリウスのお腹の音が鳴った。
「ダリウス……」
「食欲よりも、お前のそばにいたい病だ」
「何よそれ」
「ご飯食べてきちゃって」と告げようとした刹那、私のお腹も鳴った。しかも結構大きな音だ。
「ユヅキ」
「これは──アレよ。本気じゃないやつ」
「本気じゃないやつヤツってなんだ?」
「…………」
「…………」
どちらともなく小さく噴き出して笑い、気づけば私もダリウスも互いに声を出して、お腹を抱えていた。自然とダリウスの顔が見られたし、笑えたと思う。
(ああ。ここまでくると認めなきゃだめだわ……。でも《求婚印》は意中の相手を受け入れたら《刻龍印》になると言っていた。そうなったら刀夜のつけた印は消えて、手掛かりや足取りがつかめない。それは困る……)
《求婚印》には魔力的な繋がりがある。なら逆探知すれば刀夜の元に辿りつけるかもしれない。やっと足取りを掴んだのだ。ここでダリウスの気持ちに答える訳にはいかない。
少なくとも今は。それも建前でしか無いのだけれど、それでももう少しだけ気持ちの整理が欲しかった。
「ダリウス」
「なんだ?」
「……貴方が本気だってわかったわ」
「いまさらと言いたいが、気付いたのならそれはそれでいい」
「でも、その……私はまだ自分の気持ちの整理がつかないの。だって同胞を想う気持ちとも、家族を慕う温かさも全く違うから」
「どう違うんだ?」
ダリウスは声は真剣だった。
その声に、真っ直ぐ見つめる視線の熱量に私はドキリとした。
「言葉にするのも難しいぐらい、胸が苦しくて、息が詰まりそうで、自分の気持ちが上手くまとまらないの。今後のことも考えたいのに、ダリウスのことが頭から離れなくて困っているというか……ううん、違う。ちょっと待って。ええっと、そう! ダリウスのことが気になるし、離れると寂しいのだけれど、近くにいると、こう、んー、うまく言えないわ」
「──っ」
ダリウスは何か言おうとしていたが、それは言葉にならず消え去った。
彼は手を当てて「参った」と小さく独り言ちる。けれど、今の一杯一杯な私には彼の気持ちを汲み取る余裕もなくて、言葉を続けた。
「だから、もう少し待って欲しいの。皇太后役が終わる時までには、答えを出すから。それじゃあ、遅い──?」
「いいや。結月が自分の気持ちを整理したいというのなら待つさ。一か月でも、一年でも」
「そ、そんなに待たせないわ」
「本当か?」
「たぶん」
こつん、とダリウスは額を当てて答えてくれた。
もうこんな風に触れることを、嫌だなんて思っていない時点で、答えは出ていたと思う。
刀夜との決着や魔物討伐もあけど、私が一歩踏み出せないのは、まだ私の中で兄様の一件が尾を引いているのだ。
誰かを想う気持ちは、温かいだけじゃなくて、苦しくて、ドキドキして、全然私らしくない。冷静になれないし、考えが霧散して気づけば、ダリウスのことを目で追ってしまう。
こんな感情は生まれて初めてだった。
目が合うだけで心臓がうるさい。
好きだと言われるたびに、泣きそうになる。あまりにも弱々しくて、戦いになった時、役に立てるだろうか。
一歩、勇気を振り絞るためにも、もう少しだけ自信が欲しかった。
(兄様──私は、人を信じたい……。信じたいのに……)
私はこんなにも過去に囚われているのだと知って、泣きそうになった。
暑いのとは違う。
こんなの──知らない。
胸の──奥が熱くて堪らないのだ。思考もさっきからまったくまとまらない。ダリウスが近くにいるだけで、一喜一憂する自分がいる。触れると熱がいっそう増して、心臓が煩く騒ぎ立てる。
《求婚印》を得て、ダリウスが本気なのだと本当に私を想っていたと認めるしかなかった。演技や利益のためだけで、この印は結べない。《刻龍印》の一つ前の印、異性に求婚する──つまりは、本気で愛しているという証拠なのだから。
(ふぁあああああああああああ! 待って待って。落ち着いて私。さっきから頭が回らないのだけれど! こんなふうになるものなの? あ、もしかして病気!?)
《求婚印》による体の変化かもしれないなどと、自分の今の状況を客観視できない理由をこじつける。そうやって理由を押しつけて、訳のわかなない感情を整理しようとした。
「ユヅキ? さっきから顔が赤いぞ。大丈夫か?」
「心臓に一、二箇所穴が空いて、熱くて痛いなのだけれど、これって病気よね? 全世界の人がこんな気持ちになるものなの!?」
「いや。穴が空いていたら、それ死んでいるだろう。……まったく、やっと自覚させたと思ったらこれか」
喉を鳴らして笑うダリウスを見ていると、ドキドキと胸が高鳴る。本当にどうしてしまったのだろう。
(あわわわわ。……だめ、ダリウスを直視できない! ダリウスってこんなにカッコよかったの?)
「言っておくが《求婚印》はあくまでも、意中の相手に好意を形にしたもので、心臓に影響力はないからな」
「う、うるさい」
私が逆ギレしてもダリウスは上機嫌だ。ふと最初にあった頃よりも、笑顔が増えていたことに遅まきながらも気づく。
(世の中の恋人や夫婦って、どうなっているのよ。心臓に毛でも生えているのかしら)
「──って、聞いているのか? ユヅキ」
「ひゃい!?」
私は世の中の恋人、夫婦に賞賛の念を贈った。友人や家族の好きとは全く異なる感情に、許容範囲を軽くオーバーした。
「つ、疲れたから今日は寝る」
やっとのことで絞り出した声に対して、ダリウスは身を翻した私を後ろから抱きしめた。ちょっとした触れ合いも、耳元で聞こえる声も、肌のぬくもりも嫌じゃない。
(今までの私、なんで平気だったのぉおおおおおお……! ダメ、恥ずかしくて死んじゃう……!)
「食事は取らなくていいのか?」
(声が近い。優しい気遣いが嬉しい──じゃなくて! ……というか恥ずかしくて無理! と、とにかく一度頭を冷やして……)
「ユヅキ?」
「し、食事の気分じゃないわ。これはホントのやつ」
「本当のやつってなんだよ。……もしかして、求婚印の影響か?」
「うるさい」
どうにもダリウスの顔がまともに見られない。今更だが距離感が近いし、よく平気だったと自分の鈍さに眩暈がしそうだった。
ぐぅうううう。
空腹だと言わんばかりにダリウスのお腹の音が鳴った。
「ダリウス……」
「食欲よりも、お前のそばにいたい病だ」
「何よそれ」
「ご飯食べてきちゃって」と告げようとした刹那、私のお腹も鳴った。しかも結構大きな音だ。
「ユヅキ」
「これは──アレよ。本気じゃないやつ」
「本気じゃないやつヤツってなんだ?」
「…………」
「…………」
どちらともなく小さく噴き出して笑い、気づけば私もダリウスも互いに声を出して、お腹を抱えていた。自然とダリウスの顔が見られたし、笑えたと思う。
(ああ。ここまでくると認めなきゃだめだわ……。でも《求婚印》は意中の相手を受け入れたら《刻龍印》になると言っていた。そうなったら刀夜のつけた印は消えて、手掛かりや足取りがつかめない。それは困る……)
《求婚印》には魔力的な繋がりがある。なら逆探知すれば刀夜の元に辿りつけるかもしれない。やっと足取りを掴んだのだ。ここでダリウスの気持ちに答える訳にはいかない。
少なくとも今は。それも建前でしか無いのだけれど、それでももう少しだけ気持ちの整理が欲しかった。
「ダリウス」
「なんだ?」
「……貴方が本気だってわかったわ」
「いまさらと言いたいが、気付いたのならそれはそれでいい」
「でも、その……私はまだ自分の気持ちの整理がつかないの。だって同胞を想う気持ちとも、家族を慕う温かさも全く違うから」
「どう違うんだ?」
ダリウスは声は真剣だった。
その声に、真っ直ぐ見つめる視線の熱量に私はドキリとした。
「言葉にするのも難しいぐらい、胸が苦しくて、息が詰まりそうで、自分の気持ちが上手くまとまらないの。今後のことも考えたいのに、ダリウスのことが頭から離れなくて困っているというか……ううん、違う。ちょっと待って。ええっと、そう! ダリウスのことが気になるし、離れると寂しいのだけれど、近くにいると、こう、んー、うまく言えないわ」
「──っ」
ダリウスは何か言おうとしていたが、それは言葉にならず消え去った。
彼は手を当てて「参った」と小さく独り言ちる。けれど、今の一杯一杯な私には彼の気持ちを汲み取る余裕もなくて、言葉を続けた。
「だから、もう少し待って欲しいの。皇太后役が終わる時までには、答えを出すから。それじゃあ、遅い──?」
「いいや。結月が自分の気持ちを整理したいというのなら待つさ。一か月でも、一年でも」
「そ、そんなに待たせないわ」
「本当か?」
「たぶん」
こつん、とダリウスは額を当てて答えてくれた。
もうこんな風に触れることを、嫌だなんて思っていない時点で、答えは出ていたと思う。
刀夜との決着や魔物討伐もあけど、私が一歩踏み出せないのは、まだ私の中で兄様の一件が尾を引いているのだ。
誰かを想う気持ちは、温かいだけじゃなくて、苦しくて、ドキドキして、全然私らしくない。冷静になれないし、考えが霧散して気づけば、ダリウスのことを目で追ってしまう。
こんな感情は生まれて初めてだった。
目が合うだけで心臓がうるさい。
好きだと言われるたびに、泣きそうになる。あまりにも弱々しくて、戦いになった時、役に立てるだろうか。
一歩、勇気を振り絞るためにも、もう少しだけ自信が欲しかった。
(兄様──私は、人を信じたい……。信じたいのに……)
私はこんなにも過去に囚われているのだと知って、泣きそうになった。