黒衣の前帝は戦場で龍神の娘に愛を囁く
◆最終章 ダリウスの視点
どこまでも続く水面の上に俺は立っていた。空は淡い桃色の朝焼けなのか、それとも夕焼けなのか判断がつかない。そんなあやふやな空間。
これは夢。それとも死後の世界だろうか。
ふと、俺の前に白銀の髪の男が佇んでいた。真っ白な衣に、長い髪は水面につくほどだ。あのトーヤと外見は似ているが、男は仮面をつけており表情が読めなかった。この男も龍神族の一人だということぐらいしか分からない。
「結月は選んだようですね」
「な」
厳かに、けれど耳に響く声。
その名に胸がざわついた。意識が途切れ途切れだったが、トーヤがユヅキに手を差し出していた。あの手を彼女は手に取ったのだろうか。ずっと探していた同胞。俺と同じように彼女に《求婚印》を残した男。
まさかユヅキを殺そうとするとは思わなかった。いや今考えれば、俺が絶対に彼女を助けに行くと確信していただろう。計算し尽くされた一撃。
それに大技で決めようとして、隙が出来てしまったのもよくなかった。焦ってもいた。血塗れのユヅキを見てだいぶ冷静ではなかったと今頃になって気づく。
侮っていた。トーヤという男の執念を。
俺の軽率な行動が、ユヅキを追い詰めた。そんな俺が彼女の選択をどうこう言う資格などない。
「あの子は、貴方を選んだようです」
「は?」
佇んでいる男は結月のことを「あの子」と言った。最初はトーヤかと思ったが、違う。あの男とは全く異なる。強いとか弱いとかが分からないのだ。男は俺へと手を翳す。
「帰りなさい。あの子の覚悟を無駄にしないように」
男の仮面が砕け、酸漿色の双眸が俺を見つめる。その顔にはどこか見覚えがあった。ユヅキに似ている。いやこの場合は、彼女が男に似ているだろうか。
彼女の唯一の肉親。兄と、母は亡くなったと言っていた。だとすれば。
「──まさか」
「娘のことを頼みます」
白銀の長い髪が風によって揺れた。
次いで強風が俺の体を持ち上げる。空へと舞い上がり、弾かれたように俺は目覚めた。
***
すぐ傍に温もりがあった。
髪が黒くなったユヅキの姿を見て一気に意識が覚醒する。慌てて起き上がると、彼女はぐったりとしていたが眠っているだけだった。一房だけ白い髪が残っており、白い角も消えて、まるで人間のようだ。けれど外見が変わろうと関係ない。
「ユヅキ……」
周囲の怒号が遠くから聞こえた。ここが戦場だというのに、いつも以上に落ち着いていた。頭もスッキリしていて、これ以上ないほど冷静に物事を考えられる。
「ダリ……ウス」
ユヅキの声に、俺は安堵した。硬く瞼を閉じた姿に胸が軋む。俺を救おうと彼女は俺に全てを捧げた。
彼女を抱き上げながら立ち上がる。
『ダリウス、愛しているわ』
初めて彼女が口にした愛の言葉。
そして口づけが嬉しくて、愛おしくて、たまらずに唇にキスを落とす。早く終わらせて、もう一度彼女から返事を聞きたい。
「ああ、俺もお前を、お前だけを愛している」
この煩わしい状況を終わらせよう。そう思った瞬間、想いに応えるように彼女の宝玉が煌めいた。
ユヅキの言葉通り、その宝玉は一振りの刀となった。それは俺が腰に下げていた刀をベースにしたもので、手にすると軽くてすぐに馴染んだ。
本来ならばユヅキが手にする宝玉の力は、俺に移譲される形となって顕現する。
連続的な爆発音、怒号に喧騒。
すぐ近くで起こっていることだというのに、未だにとても遠くから聞こえる。心は落ち着いたままだ。漆黒のエンシェント・ドラゴン、復活した魔物の王だろうとなんら脅威に感じられなかった。
早く終わらせてユヅキを安心させたい。それだけが今の俺にとって何よりも優先すべきことで、全てだった。
遠くで吠えるエンシェント・ドラゴンと目が合う。
(ああ、煩い)
俺は彼女を横抱きに抱いたまま、刀を構えた刹那、魔力が刀身に凝縮される。黒光りした稲妻が刀身に迸った。
これが龍神族本来の力。
「龍刃」
一閃。
悲鳴を上げる間もなく、切断されたエンシェント・ドラゴンの頭部は宙を舞い灰となって次の瞬間、内側からの巨大な爆破が起こった。
「前帝、それではすぐに復元します!」
そう声を上げたのは、今まで懸命に戦ってきたキャロルだ。膝下までの黒のドレス服に、不釣り合いな片手斧。体の至る所に切り傷が見えた。かなり苦戦していたのだろう。
核が特定出来ていなければ、そうなっていただろう。だが──。
「いや、終わりだ」
初撃は斬撃の風圧。
そして超高濃度に圧縮された魔力の斬撃は、エンシェント・ドラゴンの首を斬り落とすと同時に核をも切り裂いた。
復元することはない。
「ぐっ……がはっつ!」
エンシェント・ドラゴンと同化していたトーヤは吐血し、態勢を崩す。
追撃をクリスティとギルバートが行おうとするが、エンシェント・ドラゴンが消滅したことで、爆発的なエネルギーが衝撃波となって襲い来る。その凄まじい衝撃波に、見張り台に居た者たちは持ちこたえようと足掻いた。カイルがとっさに障壁を厚くしたが、数秒と持たないだろう。
(周囲を巻き込んで道連れを選んだのか)
全滅。
このまま俺が何もしなければの話だが。
「疾っ!」
俺は刀を一振り凪いだ。
刹那、それは凄まじい衝撃波となって城砦に向かう衝撃を相殺する。
「次はトーヤ、お前だ」
「ぐっ……。その力は、結月の──」
トーヤが反応する前に、俺は背後から蹴り飛ばした。
「があっ!」
男はそのまま降魔ノ森へと吹き飛ばされ、木々が何本か倒れていくのが見えた。
俺はカイルへと視線を向けた。
「カイル!」
「閣下、回復されたのですね!」
「ああ。すぐに終わらせてくる。城砦の事は任せた」
「承知しました! ご武運を」
ギルバートたちにも声をかけようと思ったが、今はあの男を葬る方が先だ。本当はユヅキを城砦に置いていくべきだろう。けれどあの男の狙いがユヅキなのならば、傍に置いておいた方がいい。何より彼女は俺の代わりに傷を引き受けたのだ。回復するにも俺が傍に居た方が治りは早いだろう。
「ユヅキ、もう少しだけ待っていてくれ」
「ん……」
意識を失っていても、俺の服を掴んだ彼女の仕草が愛らしくて頬を擦り寄せる。傷は俺が傍に居ることで、回復に向かっている。人間に近くなったとしても、龍神族の生態はそう簡単には変わらないようで少しだけ安心した。
***
降魔ノ森。
鬱蒼と生い茂る森の中、白銀の月が周囲を照らすものの、やはり昼間よりはだいぶ薄暗い。とはいえ夜は魔物が活発に動ける。有象無象に魔物が集まってきた。
「結月を返せ!」
奇襲。一瞬にして俺の間合いに入ったトーヤは、ユヅキへと手を伸ばす。やはり彼女を連れてきてよかった。置いてきていたら、彼女を奪われたかもしれない。片腕で刃を振り、敵を薙ぎ払う。
「ぐああああああああ!」
トーヤの片腕を斬り落と、地べたに転げ落ちた。グリフォンやゴーレムなどの魔物も襲ってくるが、軽く剣を振りかざした瞬間、周囲の木々ごと吹き飛ばした。邪魔なものは全て滅ぼす。
周囲に土煙が舞った。
これでだいぶ見晴らしがよくなっただろう。木々も魔物もすべて蹴散らし、周囲を更地に変えた。
今、用があるのはトーヤだけ。こいつだけは見逃すことは出来ない。
「お前もユヅキと同じ龍神族ならば、もっと違う道があったのではないか?」
「ハッ、何も知らない癖にその口で龍神族を語るな。これは復讐だ! 陽善と結月は良い奴なのに損ばかりする。そいつらが侮辱されるのも、貶められるのも絶対に許さない。陽善の時は間に合わなかった。すでにある王国に龍神族が王位を継ぐことで、継承問題で国は荒れた。なら最初から龍神族が王であったなら違っていた! だから一から国を作り世界の理に干渉した! 結月を──」
男は歯を食いしばる。
今までの敬語が消えたのはこれが男の素で、本音なのだろう。だがユヅキの名を口に出した瞬間、目の色が変わり、ユヅキとよく似た目をしていた。気高くて、真っすぐな強い意志を持った瞳。
「結月を幸せにしたかった」
消え入りそうな、それでもこの男の本音であり、根本にある強い意志。
「…………」
「結月は超がつくほどのお人好しで、情に厚い。龍神族で誰よりも強い癖に涙もろいし、甘い。だから、僕が陽善の代わりに守りたかった」
「『傷つけた』の間違いじゃないのか。自分を選ぶようにユヅキを追い詰めて、それのどこが守ることに繋がるんだ!?」
トーヤは微苦笑した。もしかしたらこの男は恋愛に関しては俺以上に不器用なのかもしれない。大切にしたいと思いながら、彼女にとって最善を躊躇いなく出来るとしたら。
「ハッ。ならばお前はあの子の見てきたモノを見せてやろう。それでもまだあの子の隣に入れると言えるか、試させてもらおう!」
「なっ」
トーヤの濁った宝玉が煌めき、真っ白な光に包まれ意識が引き込まれてしまう。
***
それはトーヤの記憶だろうか。
セピア色の映像が流れ込んでくる。
白銀色の長い髪の青年と、その後ろをくっついて歩く少女の姿見えてきた。年齢は十二歳前後だろうか。その少女がユヅキだと気づいた。ならその傍に居るのは彼女の兄だろうか。酸漿色の双眸、白銀の髪は父親譲りのようだが随分な優男だった。
常にニコニコと笑っている。
「刀夜。結月のことを頼むよ。オレはもうすぐ彼女と結婚するからな」
「はいはい。陽善も王女様と幸せに。結月は僕が君の分まで守るから安心しなって」
「陽兄、結婚おめでとう。あのね! 母様と一緒にお守りを作ったの」
二人の間にユヅキは割って入った。ヨウゼンは膝を着いて、少女と同じ目線になる。妹を愛おしそうに抱きしめ、お守りを受け取った。
「ありがとう、結月。これからはオレが世界を変えていく。龍神族と人間が共に暮らす国を作って見せるさ。そうすれば父様も安心するだろう」
「うん。父様、陽兄なら大丈夫だって泣いてた」
「相変わらず泣き虫だな、父様は」
「ねー」
あんなに自然に、そして朗らかに笑う子だったのだ。
「あの破壊神様は本当に涙もろいようだね。まあ、僕も陽善には期待しているんだから、頑張ってね」
「ああ」
それは眩しいほどの優しい記憶。この男が大事に思っていた記憶だろう。映像はそこで途切れ──場面が切り替わる。
これは夢。それとも死後の世界だろうか。
ふと、俺の前に白銀の髪の男が佇んでいた。真っ白な衣に、長い髪は水面につくほどだ。あのトーヤと外見は似ているが、男は仮面をつけており表情が読めなかった。この男も龍神族の一人だということぐらいしか分からない。
「結月は選んだようですね」
「な」
厳かに、けれど耳に響く声。
その名に胸がざわついた。意識が途切れ途切れだったが、トーヤがユヅキに手を差し出していた。あの手を彼女は手に取ったのだろうか。ずっと探していた同胞。俺と同じように彼女に《求婚印》を残した男。
まさかユヅキを殺そうとするとは思わなかった。いや今考えれば、俺が絶対に彼女を助けに行くと確信していただろう。計算し尽くされた一撃。
それに大技で決めようとして、隙が出来てしまったのもよくなかった。焦ってもいた。血塗れのユヅキを見てだいぶ冷静ではなかったと今頃になって気づく。
侮っていた。トーヤという男の執念を。
俺の軽率な行動が、ユヅキを追い詰めた。そんな俺が彼女の選択をどうこう言う資格などない。
「あの子は、貴方を選んだようです」
「は?」
佇んでいる男は結月のことを「あの子」と言った。最初はトーヤかと思ったが、違う。あの男とは全く異なる。強いとか弱いとかが分からないのだ。男は俺へと手を翳す。
「帰りなさい。あの子の覚悟を無駄にしないように」
男の仮面が砕け、酸漿色の双眸が俺を見つめる。その顔にはどこか見覚えがあった。ユヅキに似ている。いやこの場合は、彼女が男に似ているだろうか。
彼女の唯一の肉親。兄と、母は亡くなったと言っていた。だとすれば。
「──まさか」
「娘のことを頼みます」
白銀の長い髪が風によって揺れた。
次いで強風が俺の体を持ち上げる。空へと舞い上がり、弾かれたように俺は目覚めた。
***
すぐ傍に温もりがあった。
髪が黒くなったユヅキの姿を見て一気に意識が覚醒する。慌てて起き上がると、彼女はぐったりとしていたが眠っているだけだった。一房だけ白い髪が残っており、白い角も消えて、まるで人間のようだ。けれど外見が変わろうと関係ない。
「ユヅキ……」
周囲の怒号が遠くから聞こえた。ここが戦場だというのに、いつも以上に落ち着いていた。頭もスッキリしていて、これ以上ないほど冷静に物事を考えられる。
「ダリ……ウス」
ユヅキの声に、俺は安堵した。硬く瞼を閉じた姿に胸が軋む。俺を救おうと彼女は俺に全てを捧げた。
彼女を抱き上げながら立ち上がる。
『ダリウス、愛しているわ』
初めて彼女が口にした愛の言葉。
そして口づけが嬉しくて、愛おしくて、たまらずに唇にキスを落とす。早く終わらせて、もう一度彼女から返事を聞きたい。
「ああ、俺もお前を、お前だけを愛している」
この煩わしい状況を終わらせよう。そう思った瞬間、想いに応えるように彼女の宝玉が煌めいた。
ユヅキの言葉通り、その宝玉は一振りの刀となった。それは俺が腰に下げていた刀をベースにしたもので、手にすると軽くてすぐに馴染んだ。
本来ならばユヅキが手にする宝玉の力は、俺に移譲される形となって顕現する。
連続的な爆発音、怒号に喧騒。
すぐ近くで起こっていることだというのに、未だにとても遠くから聞こえる。心は落ち着いたままだ。漆黒のエンシェント・ドラゴン、復活した魔物の王だろうとなんら脅威に感じられなかった。
早く終わらせてユヅキを安心させたい。それだけが今の俺にとって何よりも優先すべきことで、全てだった。
遠くで吠えるエンシェント・ドラゴンと目が合う。
(ああ、煩い)
俺は彼女を横抱きに抱いたまま、刀を構えた刹那、魔力が刀身に凝縮される。黒光りした稲妻が刀身に迸った。
これが龍神族本来の力。
「龍刃」
一閃。
悲鳴を上げる間もなく、切断されたエンシェント・ドラゴンの頭部は宙を舞い灰となって次の瞬間、内側からの巨大な爆破が起こった。
「前帝、それではすぐに復元します!」
そう声を上げたのは、今まで懸命に戦ってきたキャロルだ。膝下までの黒のドレス服に、不釣り合いな片手斧。体の至る所に切り傷が見えた。かなり苦戦していたのだろう。
核が特定出来ていなければ、そうなっていただろう。だが──。
「いや、終わりだ」
初撃は斬撃の風圧。
そして超高濃度に圧縮された魔力の斬撃は、エンシェント・ドラゴンの首を斬り落とすと同時に核をも切り裂いた。
復元することはない。
「ぐっ……がはっつ!」
エンシェント・ドラゴンと同化していたトーヤは吐血し、態勢を崩す。
追撃をクリスティとギルバートが行おうとするが、エンシェント・ドラゴンが消滅したことで、爆発的なエネルギーが衝撃波となって襲い来る。その凄まじい衝撃波に、見張り台に居た者たちは持ちこたえようと足掻いた。カイルがとっさに障壁を厚くしたが、数秒と持たないだろう。
(周囲を巻き込んで道連れを選んだのか)
全滅。
このまま俺が何もしなければの話だが。
「疾っ!」
俺は刀を一振り凪いだ。
刹那、それは凄まじい衝撃波となって城砦に向かう衝撃を相殺する。
「次はトーヤ、お前だ」
「ぐっ……。その力は、結月の──」
トーヤが反応する前に、俺は背後から蹴り飛ばした。
「があっ!」
男はそのまま降魔ノ森へと吹き飛ばされ、木々が何本か倒れていくのが見えた。
俺はカイルへと視線を向けた。
「カイル!」
「閣下、回復されたのですね!」
「ああ。すぐに終わらせてくる。城砦の事は任せた」
「承知しました! ご武運を」
ギルバートたちにも声をかけようと思ったが、今はあの男を葬る方が先だ。本当はユヅキを城砦に置いていくべきだろう。けれどあの男の狙いがユヅキなのならば、傍に置いておいた方がいい。何より彼女は俺の代わりに傷を引き受けたのだ。回復するにも俺が傍に居た方が治りは早いだろう。
「ユヅキ、もう少しだけ待っていてくれ」
「ん……」
意識を失っていても、俺の服を掴んだ彼女の仕草が愛らしくて頬を擦り寄せる。傷は俺が傍に居ることで、回復に向かっている。人間に近くなったとしても、龍神族の生態はそう簡単には変わらないようで少しだけ安心した。
***
降魔ノ森。
鬱蒼と生い茂る森の中、白銀の月が周囲を照らすものの、やはり昼間よりはだいぶ薄暗い。とはいえ夜は魔物が活発に動ける。有象無象に魔物が集まってきた。
「結月を返せ!」
奇襲。一瞬にして俺の間合いに入ったトーヤは、ユヅキへと手を伸ばす。やはり彼女を連れてきてよかった。置いてきていたら、彼女を奪われたかもしれない。片腕で刃を振り、敵を薙ぎ払う。
「ぐああああああああ!」
トーヤの片腕を斬り落と、地べたに転げ落ちた。グリフォンやゴーレムなどの魔物も襲ってくるが、軽く剣を振りかざした瞬間、周囲の木々ごと吹き飛ばした。邪魔なものは全て滅ぼす。
周囲に土煙が舞った。
これでだいぶ見晴らしがよくなっただろう。木々も魔物もすべて蹴散らし、周囲を更地に変えた。
今、用があるのはトーヤだけ。こいつだけは見逃すことは出来ない。
「お前もユヅキと同じ龍神族ならば、もっと違う道があったのではないか?」
「ハッ、何も知らない癖にその口で龍神族を語るな。これは復讐だ! 陽善と結月は良い奴なのに損ばかりする。そいつらが侮辱されるのも、貶められるのも絶対に許さない。陽善の時は間に合わなかった。すでにある王国に龍神族が王位を継ぐことで、継承問題で国は荒れた。なら最初から龍神族が王であったなら違っていた! だから一から国を作り世界の理に干渉した! 結月を──」
男は歯を食いしばる。
今までの敬語が消えたのはこれが男の素で、本音なのだろう。だがユヅキの名を口に出した瞬間、目の色が変わり、ユヅキとよく似た目をしていた。気高くて、真っすぐな強い意志を持った瞳。
「結月を幸せにしたかった」
消え入りそうな、それでもこの男の本音であり、根本にある強い意志。
「…………」
「結月は超がつくほどのお人好しで、情に厚い。龍神族で誰よりも強い癖に涙もろいし、甘い。だから、僕が陽善の代わりに守りたかった」
「『傷つけた』の間違いじゃないのか。自分を選ぶようにユヅキを追い詰めて、それのどこが守ることに繋がるんだ!?」
トーヤは微苦笑した。もしかしたらこの男は恋愛に関しては俺以上に不器用なのかもしれない。大切にしたいと思いながら、彼女にとって最善を躊躇いなく出来るとしたら。
「ハッ。ならばお前はあの子の見てきたモノを見せてやろう。それでもまだあの子の隣に入れると言えるか、試させてもらおう!」
「なっ」
トーヤの濁った宝玉が煌めき、真っ白な光に包まれ意識が引き込まれてしまう。
***
それはトーヤの記憶だろうか。
セピア色の映像が流れ込んでくる。
白銀色の長い髪の青年と、その後ろをくっついて歩く少女の姿見えてきた。年齢は十二歳前後だろうか。その少女がユヅキだと気づいた。ならその傍に居るのは彼女の兄だろうか。酸漿色の双眸、白銀の髪は父親譲りのようだが随分な優男だった。
常にニコニコと笑っている。
「刀夜。結月のことを頼むよ。オレはもうすぐ彼女と結婚するからな」
「はいはい。陽善も王女様と幸せに。結月は僕が君の分まで守るから安心しなって」
「陽兄、結婚おめでとう。あのね! 母様と一緒にお守りを作ったの」
二人の間にユヅキは割って入った。ヨウゼンは膝を着いて、少女と同じ目線になる。妹を愛おしそうに抱きしめ、お守りを受け取った。
「ありがとう、結月。これからはオレが世界を変えていく。龍神族と人間が共に暮らす国を作って見せるさ。そうすれば父様も安心するだろう」
「うん。父様、陽兄なら大丈夫だって泣いてた」
「相変わらず泣き虫だな、父様は」
「ねー」
あんなに自然に、そして朗らかに笑う子だったのだ。
「あの破壊神様は本当に涙もろいようだね。まあ、僕も陽善には期待しているんだから、頑張ってね」
「ああ」
それは眩しいほどの優しい記憶。この男が大事に思っていた記憶だろう。映像はそこで途切れ──場面が切り替わる。