夜明けを何度でもきみと 〜整形外科医の甘やかな情愛〜
あれから、棚原は今までのように菜胡に近づこうとしなかった。診察中は普通に接してくれるし、大原が居れば一緒にお茶を飲んで休憩時間を過ごしていたが、二人きりになるとたちまち視線を外して、診察室をこれまでよりも早く出て行った。菜胡を避けているようで、それがたまらなく悲しかった。
だから恋愛なんて嫌なんだ。好きになんてなってないから、まだ大丈夫。――大丈夫なはずだった。
仕事を終えて寮に帰ったら浅川の部屋の扉が開いていて、話し声が廊下にも聞こえてきていた。
――開いてるじゃん! 見えちゃうじゃん!!
顔を逸らしながら部屋の前を通り過ぎた。白衣が見えた。また当直医を連れ込んでいるのだ。何も考えないようにして、部屋の鍵を開ける。開いたには開いたが、鍵が鍵穴から抜けない。引っ張っても回してもダメ。
――ああもう当直医に気遣わせちゃうじゃん、なにやってんの私……早く抜けてよ、お願い!
泣きたくなった。視界が滲む。ここで浅川の声が聞こえた。
「じゃあね、棚原せんせ、金曜日楽しかったね、またゆっくり来て」
――え?!
棚原、と浅川は言った。
――見えた白衣は棚原先生だったの? まさか。なんで? え、金曜? ……私が処女だから? めんどうくさくなって浅川さんと……? あんな風に抱きしめてるの? 私の知らないあの先を、浅川さんと……? やだ、やだ……!
手が震えて鍵を持つ手に力も入らない。涙で視界が滲む。すると棚原の手が見えた。菜胡だと気がついていない棚原は普通に手を出してきたが、菜胡だとわかり目を見開いた。
「な、菜胡……泣いて」
頬に触れようと伸ばされた手を、思わず振り払ってしまった。浅川に触れた手で触られたくない。鍵は棚原が軽く引っ張ってすぐに抜けた。腕を掴まれるよりも先に、扉を少し開けて隙間に滑り込んで、鍵を掛けた。
――好きになんてなってない。だから悲しくなんかない。これは鍵が抜けなかったから……。
だって元々、棚原は既婚ではないか。自分には分が悪かったことはわかりきっていた。棚原にとったらただの遊びだったのだ。
どうにかなりたいと考えたことはなかったし、棚原が自分以外の誰かと関係を持つ事を考えたこともなかった。だが、妻が居れば、自分にするように誰かを抱きしめてキスだってしてるはずだ、考えなくてもわかることだ。考えたくなかった。苦しくて仕方なかった。扉にもたれ掛かり、口元を押さえるが、嗚咽が漏れる。