夜明けを何度でもきみと 〜整形外科医の甘やかな情愛〜
雅代に背中を押されて、棚原への気持ちを認識した菜胡は寮へ戻ってきた。雅代とそのまま夕食も済ませてもいいと思ったが、彼女の夫が釣りから帰ると連絡が来て、そちらを優先させてもらうため、帰ってきたのだ。一人で何か食べてくるか、或いは何か作ろうかと思いながら帰ってきたが、色々と億劫になってしまったため、食堂へ寄ってみた。
「お疲れさまです、お夕飯てもう間に合いませんか? 注文してなかったんですけど……」
「間に合うよ、食べてく?」
厨房の中のおばちゃんが快く言ってくれた。
「待ってて、いま用意するから」
食堂は職員専用なため、これから夜勤の者、残業で急遽夕食をここで食べる者などさまざまだから、ある程度の融通を利かせることができる。いつも毎朝を食べる席に荷物を置いて、お茶をカップに注ぎ待っていれば、おばちゃんが夕食の乗ったトレイを運んできてくれた。
「はい、おまたせ。ゆっくり食べな」
「すみません、ありがとうございます、いただきます」
煮魚、味噌汁、ご飯、ほうれん草のお浸し、オレンジ。手を合わせて食べ始めた時、声を掛けられた。見れば年齢が棚原と同じくらいの医師がいた。
「君、整形外来の子だよね、石竹さん」
「はい」
――え、なに?
「僕のことは知ってる?」
「もちろん、内科の、陶山先生、です」
「嬉しいなあ、気になっていた子に名前を覚えてもらえてて。あ、ごめん、気にせず食事して?」
――何なの……?
陶山は菜胡の斜め前に腰を下ろした。頬杖をついて、食べる菜胡を見ていた。笑顔だが目が笑っていなかった。気味悪い先生だなと思った。その陶山がおもむろに言った。
「棚原先生とはどういう関係なの?」
ドキンと胸が跳ねた。
「どう、とは」
食べる手を止めた。
「知ってるよ、君たちの事。棚原先生は結婚してるから不倫だよね」
声をひそめ、食えない顔で言ってくる。
「陶山先生が誰に何を聞いてそう解釈されたかわかりませんが、棚原先生とはそういう関係じゃありません」
不倫、と言えるのだろうか。どこからが不倫なのだろう。二人きりで密室にいたら不倫? でもそんなの仕事だったら仕方ないのではないか。
「ふうん……院長や師長に報告してもいいわけ?」
「どうぞ、やましい関係じゃありませんから」
菜胡はそう言ってトレイを持って立ち上がった。せっかくの食事を、こんな話をされながらでは味わえない。
「すみません、これで失礼します」
厨房のおばちゃんに声を掛け、部屋で食べる事の了承を得た。ラップを掛けてもらい食堂を出た。
陶山は、食堂から出ていく菜胡を視線で追った。
――どうしてあんな事……浅川さん? 土曜に外来へたまに来てたのも棚原先生が来てるかどうかの確認だった? 陶山先生も相手の一人?