夜明けを何度でもきみと 〜整形外科医の甘やかな情愛〜
それからは、おばちゃんが牽制してくれたおかげか陶山が絡んでくることはなかった。内科外来へ行かなければ姿を見ることもない。だが、棚原への対抗心からならまた菜胡に絡んでくる恐れはある。気を張りつつ診療の支度をしていると、九時少し前。樫井と棚原が外来にやってきた。大原と話をする樫井の声に紛れ、カーテンで遮られたこちら側では、棚原が菜胡に聞いてきた。
「陶山に何かされた?」
小声で言われ、えっ、と驚いて、頭を振る。
「今朝、菜胡の隣に陶山が座っているのを見たから……」
あの場面を見られていた。最悪、気色悪いったらなかった。
「手を少し、触られただけです」
胸の前で両手を組んだ。その手を棚原が優しく解いて、陶山に触られた感触を打ち消すかのように握ってきた。触れようとしなかったのに、なんで……。
「他は?」
ないです、と意味をこめて頭を横に振る。
その時、時刻は九時。別に今でなくてもいいが、と逡巡して、でも言うなら今だ。外来診療が始まろうとするその刹那、棚原に近づいた。
「今週の土曜は外来に来ますか、話がしたいです」
それだけ言うと患者を呼び始め、外来診療が始まった。
――うまく言えたかな。
積まれたカルテの一番上から患者を呼び込む。診察室の椅子に座らせ、外科処置が必要な人には寝てもらい、器具を準備する。レントゲン写真を撮る必要のある人にはレントゲン室までの道案内をし、待っている患者に話しかけられ、そうしていつもの診察が淡々と進んだ。
身体を動かしながら、ふと立ち止まれば頭の中は土曜の事でいっぱいになる。
今度の土曜日、棚原に気持ちを告げる。面倒くさいとフラれてもいい。フラれてもこれまで通りに外来はこなすし、土曜の逃げ場は開けておくし、もし気まずくなって働き難いなら辞めてもいい。陶山が言ったように、自分と関わることで棚原のこれからがどうにかなってしまうくらいなら身を退く。そして地元に帰る。二度と棚原には会わない。――考えたくないが、それくらいの覚悟を決めた。