夜明けを何度でもきみと 〜整形外科医の甘やかな情愛〜
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土曜、久しぶりに外来へ行った。菜胡から「話がある」と言われたからだ。そうでなければまだ行く勇気が出なかったかもしれない。話の目的は関係を精算したいだったら、と内心はハラハラしていたが、菜胡から出てきた言葉は違った。
『もうハグしてくれないんですか』
『先生が離れてから、背中が寂しかった』
誰かのセフレだと勘違いされていたし、妻帯者だと思われていたのは自分のミスだった。指輪の説明もし損ねていた。丁寧に説明して納得してもらった上で、久しぶりに菜胡を腕の中に抱きしめた。
そして浅川の部屋にいた事で菜胡を傷つけ泣かせてしまった。ダミーの指輪が菜胡の気持ちを抑えていたことを知り激しく後悔した。『もうハグしてくれないのか』と言われた時は鈍器で殴られたかのような衝撃を覚えた。ハグはもちろんしたかった。離れたくない。だけど菜胡を怖がらせることなく受け入れてもらえるにはどうアプローチしたらいいんだ……やった事がないからまるでわからず、抱きしめていた腕を離した。
* * *
二度と菜胡を泣かせないと思いながら、好きだとは言われたわけではないがこれはもう告白されたのと同義だろう……。棚原は医局で一人ほくそ笑んだ。
「気味悪いですよ」
顔をあげたら薄ら笑いを浮かべる陶山が居た。ここへ来てから何かと棚原に突っかかってくる内科医長だ。若いのに医長なんてすごいと思うのに、この人をバカにしたような態度が気に入らなかった。
「棚原先生にお願いがあるんですよ」
それに食堂で菜胡に絡んでいた。手を触られたと聞いたが……。
憂いは消えたはずだった。
「菜胡ちゃんを僕にください」
「は? 何言って」
「だってあなたには浅川が居るでしょう、奥様も居て、それで菜胡ちゃんもだなんて。僕の方が先に好きになったのに。菜胡ちゃんは特にウブな子だ、悲しませたくない。僕なら彼女を幸せにしてあげられる。決して泣かせたりはしない」
「俺はあいつの保護者じゃないし、それに何よりあいつはモノじゃないから断ります。そして浅川とは全く関係がありません、指一本触れたことも無いのに不愉快です」
陶山はそれでも落ち着いていて、目を細めてふっと嗤った。
「知ってるんですよ、あなた方が濃い関係だって」
「ばかばかしい」
陶山の机の電話が鳴った。ふん、と鼻を鳴らして棚原を睨め付け、受話器を取り二言三言話して医局を出て行った。菜胡をくれ、という話は一旦は終わりだろう。内心胸を撫で下ろした。