夜明けを何度でもきみと 〜整形外科医の甘やかな情愛〜
陶山の内科外来は整形外科外来に向かう手前にある。患者数が多いから午後の診療も行われていて、他の外来と行き来する暇はない。整形外科のナースが、自分達のついでに、と内科の分の資材をたまに持ってきてくれる事があり、いつ来るかわからないそのタイミングが楽しみだった。浅川が病棟へ異動となってから代わりに来た新人が、とても素直で可愛らしく、たった一言二言、内科のナースと会話していくそれを聞くのが楽しみだった。どんな声で笑うんだろうか、興味をそそられた。
そこで話しかけるより他にタイミングはないのに、いきなり話しかけても話題もないし困らせてしまう。だから遠くから見ているだけでよかったのに――。
今年になって棚原がやってきた。いい男だと思った。背が高く、人当たりも柔らかい。コイツはモテる、と思ったら、整形外科医だとわかって落胆した。あの子のところじゃないか。だが彼は結婚していた。だから安心していたのだが、土曜の午後、菜胡がやって来る頻度が落ちた。来てもすぐに帰ってしまう。明らかに棚原が来た事が関係していると陶山は勘づいた。
――あいつが束縛しているのかも?
焦った。もしそうなら解き放ってやらなければ。そんなある日、外来が終わって病棟へ上がる時、菜胡を久しぶりに見た。何となく色気が増していた。それまで地味だった女の子が花開くのは、好きな男の腕の中だというが、まさか……。
何とかして菜胡に接近したかった。棚原よりも先に親しくなれたらと思うのに、科が違うから毎日顔を合わせる棚原に比べたら分が悪い。病棟で菜胡と顔を合わせる機会も皆無だからだ。用事もないのに整形外科外来へは行かない。だが、土曜の午後は診療がない上、お局ナースの大原は十四時で帰る。これは毎週帰り際に内科へ顔を出していくから知っていた。そして自ずと土曜の午後は彼女が一人になることも知った。
トイレと称して、一人でいるだろう菜胡のもとへ向かった。心細いだろうから、何かあったら頼って欲しいと伝えたくて向かった。整形外科外来へ通じる廊下を、棚原が颯爽と通り過ぎた。奴は大股に歩いて堂々と整形外科外来へ入り、扉を閉め……鍵をかけた。
情けないと思ったが、人のいないことを確認して、扉に耳を当てて中の様子を窺った。ボソボソと聞こえるから会話しているのはわかるが、話の内容まではわからない。ずっとそうしているわけにもいかずその場を後にしたが、翌週も棚原はやってきた。診察室から出てきた棚原は数歩で引き返して診察室に駆け込んだ。この時は扉が開いていたから声が聞こえた。咄嗟に長椅子と長椅子の間に身を隠して耳をすませた。
『忘れ物ですか?』
『うん、キスするの忘れてた』
『もう……』
そういう事か。