夜明けを何度でもきみと 〜整形外科医の甘やかな情愛〜

「何なんだ、あいつは」

 ――菜胡はモノじゃないし、だいたい手放すワケないだろうが!

 医局を出て階段を降りたら、上の階の踊り場から話し声が聞こえ足を止めた。
「だから私が棚原先生を引き止めますから、その間に外来へ――」
「でもそれじゃ――」

 ――浅川と陶山の声? 何の相談だ、なんだなんだ

 棚原は嫌な予感がした。外来へって聞こえ、胸騒ぎがして、整形外科外来へ向かった。大股で急いだ。外来は灯りがついていて扉は開いていた。

 ――菜胡は居るな?

 駆け込んですぐ後ろ手に扉を閉めて鍵を掛けた。すぐさま診察室の灯りを消して、机に向かって書き物をしていた菜胡は驚いて立ち上がったが、腕を引いて、いつも休憩に使う奥の診察机の、カーテンの向こう側に隠れた。

「えっ?! なっ、どう」
「しずかに」
 棚原の腕のなかでひどく動揺している菜胡の口に人差し指を当てる。

「どうしたんですか、何があったんですか」
 小声で聞いてきた菜胡の口を軽く塞いでから、入り口を睨んだ。

「多分だが、浅川と陶山が良く無いことを企んでる。たまたま奴らの話を聞いて急いでここに来た。そのうちあいつらはここに来る」
「ええ……そんな」
 棚原に背中側から抱きすくめられた状態で二人はしばらくカーテンに隠れていたが、やがて扉をガタガタと開けようとする音が聞こえ、菜胡が身体を強ばらせた。

『鍵が掛かってる。灯りもついてないな……病棟にも医局にも居なかったのに一体どこに』
『棚原先生の車はあるから院内にはいるはずですよねぇ、もう少しここで張ってますぅ?』
 扉の向こうに来ているのは浅川と陶山だ。菜胡は腕のなかで身を捩って棚原の顔を見た。

「大丈夫、俺がいる、大丈夫だから」
 こくりと頷いて、棚原の腕にしがみついたまま息を潜ませた。

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