夜明けを何度でもきみと 〜整形外科医の甘やかな情愛〜
車は高速道路に上がった。高架を走るから夜景がよりよく見える。窓の向こうに夢中になった。特徴的なオブジェが屋上に乗ったビル横を通り過ぎて、上層階が雲に飲まれている高層ビル群。それらの灯りが、中から雲をぼんやりと照らしていて、まるでぼんぼりが点いているかのように曇天を彩っていた。
カーブを走りトンネルを抜けて、列車と並走した後に高速道路を下りた。幾つかの街を通り過ぎた住宅街にある、煉瓦造りの建物の前で車は停まった。古めかしい建物には何の看板もない。壁には蔦が生い茂っていて、店にしては佇まいが暗い。目的はこの煉瓦造りの建物ではなく、その隣の小さな食堂だった。
「ここ唐揚げが超絶美味しいんだ、菜胡にも食べてもらいたい」
ワクワクした顔で『唐揚げ専門店とりや』と書かれた暖簾をくぐる。こんなにワクワクした棚原は初めて見た。仕事中はほとんど気を引き締めて――たまに不意打ちでキスもしてくるけれど――いるから、そういう少年のようなかわいい一面は滅多に見ない。プライベートが垣間見えて、菜胡も笑顔になる。
「っしゃーせー! 開いてるお席へどうぞー!」
元気な声に出迎えられた店内は狭かった。小さめテーブルが四つあり、うち二つのテーブルは食事中だった。ジュワジュワと調理中の音や、だし汁の香りが充満していて食欲をそそる。二人は壁際のテーブルに着いてメニューを開げた。専門店と称するだけあって唐揚げがメイン。というか唐揚げしかなかった。唐揚げだけの皿か、定食セットのみだ。唐揚げは二種類あり、醤油唐揚げと塩唐揚げ。棚原は両方食べられるミックスを、菜胡は醤油唐揚げをそれぞれ定食で注文する。出来上がるまで少し時間がかかるだろうから、と、棚原が口を開いた。
「面接みたいになっちゃうけど――菜胡はどうして看護師を選んだの?」
痣のことを話すなら今だろうか。だが食事中にする話でもないかもしれない。
「あとでお見せしますけど……小さい頃から大学病院の皮膚科の常連だったんです。そこの看護師さんが先生からの指示にテキパキと応えているのがかっこよくて、その姿に憧れました」
「なるほど。菜胡の患者への対応はその憧れた看護師からきてるんだな」
目の前に好きな人が居て、その人と幼い頃の夢について話すなんて、当時の自分は思いもよらなかったし、なんなら一ヶ月前までは想像もしていなかった。
「お待たせいたしました〜!」
まだ揚がったばかりの、弾ける音が残る熱々の状態で盛られた唐揚げからは香ばしいいい匂いがする。それはたちまち鼻腔を刺激し、白米と豚汁、漬物といった一般的な定食を、二人は手を合わせて食べ始めた。
「あつっ……」
はふはふしながらひと口かじる。菜胡は猫舌で、口をつけるまでだいぶ冷ましたつもりだったがそれでも熱くて、舌の先を火傷してしまった。
「大丈夫か、猫舌なの?」
氷の入った水を差し出してくれる。それを一口含んだ。
「舌の先やられました〜、猫舌です、子供ですよね」
棚原は手を伸ばしてきて、頬を撫でた。
「あとで治してやる」
――治してやるって、どういう……?!
治してやる、と言った棚原の顔がとてつもなく色っぽく見え、舌のピリピリ感と、熱々の唐揚げの美味しさに目が眩んだ。