夜明けを何度でもきみと 〜整形外科医の甘やかな情愛〜
食事を終え、車はいよいよ棚原の自宅へ向かう。菜胡の緊張はますます増してきた。何か話していないと口から心臓が出てきてしまいそうな程だ。
「ごちそうさまでした。柔らかくて食べやすくて美味しかったです、豚汁とも合うのも良い発見でした。今度作ってみよう」
「だろう? 唐揚げだけ持ち帰る事もできるからたまに買うんだよ。揚げ物はハードルが高いからさ」
「ご飯だけ用意したら良いですもんね、便利ですね」
車はやがて高層マンションの建ち並ぶ街に入っていき、地下駐車場と書かれた坂を降りて行く。駐車スペースの指定の箇所に車を停めたら棚原がドアを開けてくれた。恋人繋ぎをして上階へ行けるエレベーターに乗り込む。十四階を目指して上がっていくエレベーターは前面がガラスで、そこから街の灯りがよく見えた。
「部屋から見える景色はもっと綺麗だよ」
ポーンと音がしてエレベーターが止まった。フロアは静かで、廊下には絨毯が敷かれていた。手を引かれて廊下を進み、『一四〇二』と書かれた部屋の、重厚な扉が開けられ、中に入る。靴を脱いで、広い廊下を、間取りを説明しながらリビングに向かった。
「ここが洗面所で、隣が風呂、寝室はここ。ここからの夜景が一番綺麗なんだ。あっちは俺の書斎みたいなもので……ちょっと座って待ってて」
定期的にハウスクリーニングを頼んでいるという部屋は清潔感があり、広くて居心地が良い。観葉植物と、ソファ、壁に掛けられたテレビがあるだけの、シンプルな部屋だった。
棚原は、菜胡をソファに促してキッチンに消えた。ガシャガシャと氷の音がして戻ってきた棚原は、氷の入ったグラスと炭酸水のボトルが乗ったトレイを持っていた。菜胡の隣に座ると自身の膝の上に抱き上げる。
「あの、なんで、重いです、よ……」
「重たくなんかないさ」
グラスの中の氷を口に含み、おもむろに菜胡に口付けてきた。すぐに棚原の氷で冷えた舌が菜胡の舌を捕らえ、氷のカケラを送る。冷たい氷は互いの熱でたちまち溶け消え、溢れた液体は唾液と混じりあって口の端からこぼれ落ちた。首筋に流れていくそれを棚原の口が追う。
「ん……」
初めての時のように、棚原の舌からもたらされる甘い痺れは菜胡の身体の力を奪い取り、一人で座っていられないくらいになった。くったりと棚原にもたれかかり、肩口に顔を預けた菜胡の頬を撫でる。
「舌、まだ痛い? 見せて」
もう火傷の痛みは無かった。だが舌の先をほんの少しだけ出して見せる。
「よし、もう大丈夫だな」
診察室ではなく、帰る時間を気にしなくていい、完全にプライベートな空間に身を置いている安心感が二人を包んだ。静かに聞こえてくる音楽に耳を澄ませながら、窓の向こうの夜景に魅入る。密着している事に浸っていて無言の時間が過ぎた。
トクトクと聞こえてくる胸の音――。菜胡のものか棚原のものかわからないくらいに溶け合っていた。ふいに菜胡の視線の先を追った棚原が思い出した。
「あ、そうだ。夜景だな。寝室からの方がタワーも見えて俺は気に入ってるよ、おいで」
膝から菜胡を下ろして寝室へ誘導する。