夜明けを何度でもきみと 〜整形外科医の甘やかな情愛〜
「菜胡、おはよう」
優しい声が耳元で聞こえた。勢いよく身体を起こしたが、見たことのない部屋……ここはどこだと一瞬混乱した。すぐ隣で、棚原が笑顔でこちらを見ていた。
「紫苑さん……」
その笑顔と、全身に残る気怠さに、そうだと思い出して、また棚原の腕の中に戻る。おはようと棚原は言ったが、まだ窓の外は暗い。
「身体きつくない?」
「だいじょぶ、です」
かぁっと顔が熱くなる。大丈夫なわけない、身体中で力が入らないのだ。菜胡の腰に棚原の手が回され、ぎゅっと抱きしめられる。
「愛してる――菜胡……」
初めての夜が明け、情を交わしたままの姿で好きな人に抱きしめられ、愛してると言われることの幸せを噛みしめる……。
「紫苑さん、愛し――きゃ、くすぐったい、からぁ、やめ……ん……」
菜胡の脇腹をくすぐり、仕返しにと棚原の脇腹をくすぐる。布団の中でじゃれあっていて触れる唇。昨夜から何度も合わせたはずなのに、重なるたびにときめきが生まれ胸を締め付けた。そして昨夜の快楽へと時間が巻き戻る。
「あ……もうすぐ夜が明けるよ、夜明けの景色も見て欲しい、きれいなんだ」
じゃれついていた二人のいる部屋の外、群青色の空は薄紫色に移り変わり、東の低い空が白み始めた。
ベッドの上で座位を取った棚原の足の間に菜胡が座り、温かな胸に背を預ける。
「紫苑さんの胸、あったかい」
「だろう? 菜胡への愛がいっぱいだからな」
「ふふ、変態っぽいよ」
くすくすと笑う。
「変態で悪いか? 菜胡にだけだから」
「ん、私だけに、して……」
身を捩る菜胡が棚原を見る。当然、と言った言葉は口内に消えた。
東の空がオレンジ色に染まり出した。たなびく細い雲は形を変えて消え行き、やがて空に雲はひとつも見えなくなった。ビルの合間の、ずっと遠くに光点が見え始めると、背の高い建物から順に照らされていき街が目覚めていく。朝露をその葉に湛えている木々は煌めいて、夜の間中点いていた街灯はその役目を終え、暗かった通りに射し込む朝日が車や人を照らし長い影を作る。新しい朝が始まった。
「きれい……」
「そうだろう? 見ている景色は人工物だけど、そこに生きるヒトの動きは自然なもので、みんなもがんばってるんだ、俺もがんばろうって思える。好きなんだ」
菜胡の肩に顎を乗せて語る。
「紫苑さん」
「ん?」
「ありがとう」
身を捩って棚原に笑いかけてくる菜胡。寒くないようにと首元まで掛けていたタオルケットが肩から滑り落ち、上半身が剥き出しになった。その乳房に散らされた赤い花の跡がやけに生々しい。甘くてまろやかな香りはいつもよりも強めで、棚原は菜胡を抱き上げ、胡座をかいた上に向かい合わせで座らせた。
「こうすると、朝日と菜胡がよく見える」
同じ目線で向かい合うのは初めてではないが、服を着ていない状態では無性に照れる菜胡は、顔を赤くして背けてしまった。
「紫苑、さんっ、や、なにかっ――恥ずかし……い、からっ」
「ん、大丈夫だから」
恋人達は再びベッドへ沈んでいった。