夜明けを何度でもきみと 〜整形外科医の甘やかな情愛〜
「先生、菜胡の膝を――」
外科外来のこずえが、トレイに傷の消毒に必要な器具を用意して持ってきた。厨房で作ってもらった蒸しタオルを使って、こずえが菜胡の顔や手、膝などを拭いてくれ、膝の消毒を棚原が施した。清潔なガーゼを充てがって絆創膏で固定し終える頃、こずえに礼を告げた。
「こずえさん、ありがとうございます……」
俯いている菜胡の身体はまだ震えているように見え、こずえはたまらず菜胡を抱きしめた。
「ん。今日は先生のとこに帰りな? また元気な顔を見せて。ね? 大原さん抜きのお茶会しよう」
うん、と頷いた菜胡の手を、棚原がキュッと握る。
「こずえさん、すみませんが菜胡と居てくれますか? 菜胡、帰る支度してくるから、少しこずえさんと待っていてくれるか」
おばちゃんが「あたしもいるわよ」と言わんばかりにほうじ茶を差し出してきた。その温かなカップを手に取った。
棚原は急いで病棟へ上がり帰る事を夜勤者に告げた。医局から荷物を引き上げて裏口に車を横付けした棚原が食堂へ戻り、菜胡を抱き上げた時、陶山が頭を下げてきた。
「菜胡ちゃん、棚原くん、うちの若いのが大変申し訳ない」
陶山の声を聞いて、腕の中の、白衣を頭から被っている菜胡が身体を強ばらせる。大丈夫だ、と小さく囁く。
「……浅川、なんだろうか」
「恐らく。彼女は準夜勤らしい。当直は僕が代わったので状況が許せば話してみる」
「頼みま……あ、陶山先生に話しておきたい患者がいるんだが」
菜胡を抱いたまま、整形外科の患者の事を話して対応をお願いした。ちょうど内科的な面での不調だったから、若い内科医より頼りになる。
先ほど病棟へ上がった時は浅川の姿は見えなかった。病室のどこかに居たのだろうか。だが居なくてちょうどよかったのだ。もし顔を合わせていたら、そこがたとえ患者の目の前だとしても手を出してしまったかもしれない。どんな理由があるにせよ、菜胡を一方的に傷付けた浅川が赦せなかった。