夜明けを何度でもきみと 〜整形外科医の甘やかな情愛〜
週が明けて月曜、菜胡はまだ微熱を発していた。うなされる事は無くなったが、外へ出たがらなかった。
「行ってくるね。コンシェルジュには誰も通すなって言ってあるし、もし何かあったら、菜胡の事も話してあるから困ったら相談して、女性だから大丈夫」
玄関でこくりと頷く。
「すみません……外来、大変になるよね」
「大原さんの人脈で何とかなる。菜胡はゆっくり過ごして、時間が空いたら電話するから。また笑顔でおかえりって言って? 俺それを楽しみに帰ってくる」
「ん。行ってらっしゃい、紫苑さん」
病院へついて、車内から携帯で菜胡に電話をかけた。話をしながら医局へ入ると、陶山と目があった。近づいてきて、耳打ちしてきた。
「浅川が昨日付で解雇になった」
即日で解雇とは。
「正しくは本人が辞表を提出して昨日のうちに故郷へ帰ったそうだ」
随分と思い切りがいいのだな。
棚原は、浅川という人のことを、あまり知らない。病棟で関わるだけだから、即日で辞表を書くほど潔い人だとは思わなかった。
正直、菜胡をあんな目に遭わせた彼女には文句の一つも言ってやりたかった。簡単に赦してなどやるものか。そう思っていたのに、目の前から姿を消されてはもうどうしようもできない。
「そうですか……わかりました。彼のほうは?」
「大学病院へ戻した、あちらで鍛え直してもらう。当直のバイトも当然、解雇だよ。簡単に決めてたわけじゃないけど、次からはもっとよく人を見ないとだめだし、考えないとだめだ……。今回のことは彼を起用した僕にも責任がある。君たちには本当に申し訳ないことを――」
頭を下げようとする陶山を制する。
「やめてください、陶山先生」
菜胡は無事だった。心に傷は負ったかもしれないが、謝られても傷は消えない。
「彼女は……落ち着いたか?」
「夕べはうなされて。今朝は発熱もしていたので休ませましたが」
二人揃って医局へ入る。それぞれ荷物をロッカーへしまって鍵をかけた。
「そうか……まあ君が居るなら安心だが、心許ないなら俺が診るけど?」
「ご冗談を」
「ははっ、安心してくれ、邪魔はしないと誓う。だが、本当に何かの時は頼ってくれ」
「ありがとう、陶山先生」
菜胡を自分にくれ、と言ってきた時の、好戦的な陶山はもういなかった。あの時の彼もまた、浅川に影響されていたのだろう。
* * *
棚原は九時より少し早くに整形外科外来へ向かった。廊下には数人に患者が既におり、足早に彼らの間を縫って診察室に入れば、樫井が既にそこに居た。医局に姿がなかったわけだ。
樫井は大原から土曜の話を聞かされていたらしく表情が堅かった。
「棚原くん、おはよう。いま大原さんから聞いたところ。大変だったね、菜胡ちゃんの様子はどう?」
「今朝も微熱でした、明日には出勤できるかと」
昨夜はうなされていたことも伝えた。夜中に声をあげていた姿を思い出した。額には汗が滲んで、息も荒かった。抱きしめて声をかけてようやく落ち着いたのだ。
「……それより、いつの間に菜胡ちゃんと〜!」
樫井が、本題はこっちだ、といわんばかりに笑顔で言ってきた。
「すみません黙っていて。まあお互いにほぼ一目惚れでした」
照れ臭そうに樫井に話す。
「やっぱりよくないでしょうか、医師と看護師は」
別にいいのではないか、樫井は言ってくれた。
「僕は反対しないよ。二人なら仕事に差し支えなく理性を保てるだろうから。ただ上の方は、もしかしたら菜胡ちゃんを異動させるかもしれないな」
「そうですか……同じ部署でっていうのもアレですもんね」
大原は二人にお茶を淹れ、診察開始まであと十分ある事を確認した。
「先生方、診察前にあと少しよろしい? 浅川の事なんだけど」