夜明けを何度でもきみと 〜整形外科医の甘やかな情愛〜
仕事終わりに菜胡を連れてマンションへ帰ってきた棚原。腕の中に菜胡を抱きしめ、まったりしていた時、ふと思い出した。
「あ、そうだ。おばちゃんからもらったんだけど」
サイドボードから封筒を取ってきて、中を菜胡に見せる。横浜にある有名なホテルの、ディナー付きペア宿泊券だった。
「わあ、なに、ペア宿泊券?」
「去年もらったんだけど、いつ誘おうか悩んでて一年が経っちゃった。期限が今年の夏なんだ、あと二ヶ月ある。行かないか? 遠出のデートはしたことがないだろう、どうかな」
食堂のおばちゃんとは棚原が大学病院に居た頃から見知っていて、元患者の家族だった。樫井に連れられて食堂へ入ったら、厨房の奥から顔を出したおばちゃんから声を掛けられて気がついた。そのおばちゃんが、翌週の昼の注文に来た棚原に声を掛けた。渡したいものがあると、ポケットから封筒を取り出した。
「これあげるわ。商店街のくじで当たったんだけど遠くて行けないから、菜胡ちゃんとどうかしらって思って」
封筒の中は、横浜のシティホテルで使える、『ディナー付きスイートルームのペア宿泊券』だった。
「ええ、いいの? 息子さんとかにあげたほうが喜ばれるんじゃない」
「いいのよ! おしゃれなところは気後れしちゃってだめ。遠くて行けないし、行けてもおしゃれな街だと魂吸い取られちゃうわ、先生達に楽しんでもらいたいの」
魂は吸い取られはしないが、と笑いつつ、ありがたく受け取った。
元患者の家族という縁から、棚原も気を許して菜胡の事を話した事があり、それ以来こうして見守ってくれるようになった。少し気恥ずかしいが心強い味方だ。
「行きたい!」
「遠くて自分は行けないからって。泊まって夜景でも見てさ。日曜は葉山あたりに足伸ばして美味しいもの食べよう」
「横浜湘南のデートだ、嬉しい!」
神奈川にいる雅代と遊ぶ時はいつも都内で、菜胡が横浜に出向くことはなかったから、横浜に行くのはほぼ初めてに近い。テレビや雑誌で目にする、華やかな港町を思い浮かべ喜ぶ菜胡の様子に、棚原も嬉しくなった。
「じゃあ決まりだな。いつにしようか、次の土曜は俺が当直だからその次でいい? 土曜の夜に泊まって、日曜をめいっぱい遊びたいよね。予約は入れておくね」
「湘南でドライカレーが食べたいです、人気のお店があるの。それと葉山にプリン屋さんがあってね、古くから続いてるんだって、そこのカフェもいいし、砂浜も歩きた……」
棚原の方を見たら、視線があった。
「しゃべりすぎちゃった? へへ」
「いいや? 菜胡の声を聞いてた。楽しそうに話す顔を見てた。菜胡の……谷間もチラチラ見えるからそれも見てた」
「……もーっ!」
ポカポカと棚原の胸を叩く腕は難無く捕らえられ、唇が塞がれた。
「紫苑さんのえっち」
語尾は、棚原の胸に顔を埋めたからよく聞こえなかった。
「嫌い?」
「大好き」
重なる唇は互いの熱を分け合うかのように蕩けあって、夜は更けた。