夜明けを何度でもきみと 〜整形外科医の甘やかな情愛〜
雨は夜半になるほど強くなった。時おりガラス窓に打ち付ける、パタパタという雨音が聞こえて菜胡は目を覚ました。
寒くはないが、雨音というだけで肌寒いような気になる。布団から出ている棚原の手を布団の中に仕舞いつつ、自身も棚原に身を寄せた。温かく大きな棚原の存在は菜胡の一番安心できる場所になっていて、その胸に顔を押し付けながら眠るのが一番の幸せだった。そうして動く菜胡に気がついた棚原が目を開けた。
「ん……どうした」
「ごめんね、起こした? 雨の音で目が覚めちゃって」
パタパタと雨音のする窓に目をやってから菜胡をぎゅっと抱き寄せてくれた。
「大丈夫、俺が居るから」
いつもこうして言ってくれる。棚原の腕の中に捕われれば、雨の音よりも大きく聞こえる彼の心臓の音に意識を集中してみる。
「……私ね、昴さんに『兄さんの何を知ってるの』って聞かれて何も答えられなかったんだけど、知ってる事、いっぱいあった」
「ん? 知ってること?」
菜胡の顔を覗けるくらいに腕を解く。
「紫苑さんは、甘めのコーヒーが好き」
「はは、好き。甘すぎもだめだけどさ。他は?」
「無意識に右耳の耳たぶをいじってます、これはイライラしてる時や焦ってる時によく」
手をのばして右耳の耳たぶを軽く摘んだ菜胡。その手を棚原が捕らえて手のひらに口付ける。
「そうなの? 気がつかなかった、自分ではわからないもんだなあ」
「それから、左足の親指の靴下がいつも一番先にヘタってくるの。歩き方の癖なのかな」
布団の中で素足が触れ合う。くすぐったさに笑いが漏れる。
「あー、確かに! 靴底もそこが薄くなる。まだある?」
「えっと、鶏の皮が苦手」
目を見開いて、菜胡の手を握ったまま自身の顔を覆う。
「気づいてた? 恥ずかしい……」
「唐揚げを作ると、皮の少なめなやつを選ぶから、最近は皮を予め取り外してますけど、ふふっ」
「あのムニョっとした感じがどうもなー。ガキだろう」
「かわいいです」
「かっかわ――」
菜胡が身体を伸ばして口づけてくる。
「それから? まだ知ってることある?」
「あとはね……私の匂いが大好き」
菜胡を抱きしめなおして、肩口に顔を寄せる。スーハーと深呼吸しているのがわかるほどに。
「うん、大好き。落ち着くし、安心するし、疲れが取れる。初めて嗅いだ時は驚いた。甘ったるくて、丸い感じの匂い……でも菜胡も好きでしょ? 俺の」
「うん、紫苑さんの匂いも大好き」
「ほかは?」
「――大好きって言うと、泣きそうな顔で喜んでくれる」
棚原は額を菜胡のそれにそっと当てた。
「だって、菜胡からだよ、嬉しいよ」
「ふふ……紫苑さん、好きよ、大好き」
「俺も。菜胡の全てが大好き――」
雨音を気にしなくなった二人の小さな笑い声と囁きは再び吐息へと変わり、荒々しく窓を打ち付ける雨音にやがて掻き消されて行く。
「……このまま、したい。菜胡を直接感じたい……」
「ん……きて、……欲し――」