夜明けを何度でもきみと 〜整形外科医の甘やかな情愛〜
雨上がりの早朝の空は輝いていた。洗濯したてのように真新しい光が降り注ぐ。
「気持ちいいくらいに晴れたな」
「海が楽しみね」
その身に、部屋に備え付けのガウンを羽織って窓辺に寄り、目覚めてゆく街を見下ろす。ここは棚原のマンションがある街とは違うのに、朝日が街にできていた闇を照らし始め、人々の活動が活発になっていく様は同じだった。海をいく船、遠くに見える電車、駅に向かって歩く人が増えだして、街も目覚めていく。
「あ、ねえ、紫苑さん見て、あそこに船――」
部屋から見える港に船が入港するのが見えた。クルーズ船なのかわからないが、大きな船に菜胡のテンションがあがる。海も船も非日常の世界だから、余計に見入ってしまう。船が来たよ、と言おうとした瞬間、窓に添えていた手が取られた。
「ん?」
振り向けば棚原が優しい笑顔で立っていて、次いで左手の薬指に冷たい感触を感じた。銀色に輝く指輪が通されて、その一粒ダイヤの指輪が意味するもの――。
「菜胡、俺と結婚しよう。菜胡を生涯愛すると、この夜明けに誓う。そして今朝のような夜明けを何度でも菜胡と迎えたい。愛してる」
菜胡の左手を持ち上げて口づけながら棚原がはっきりと告げた。その目は菜胡をまっすぐ捉えていて、冗談など微塵のかけらもないくらいの真剣なものだとわかった。
「菜胡、返事を聞かせて」
返事などせずとも、菜胡の心は決まっている。棚原もわかっているはずなのに、言葉にさせたかった。
「はい、よろしくお願いします」
菜胡は嬉しさに眦を濡らした。好きな人と生涯生きていく事に憧れを抱かなかったわけじゃない。棚原とそうなりたいと期待を抱いたこともあった。だがそれは、いつか、という希望でゆるく考えていたから、このプロポーズには驚かされた。
いつからそう思ってくれていたんだろうか。いつ指輪を用意したんだろうか。でもそんな事よりも、今はただ喜びたかった。涙を浮かべながら両腕を棚原に向けてあげれば、首に抱きつけるよう背を屈めてくれ、ほぼ同時に、菜胡の腰に腕が回された。
窓の向こう、遠く水平線から射し込む光は抱き合う二人を温かく包み照らした。それはまるで祝福の光にも似ていた。この先二人が歩む道は真っ直ぐではないかもしれないが、きっと二人なら手を握りあって越えていける。そう思わせた。