夜明けを何度でもきみと 〜整形外科医の甘やかな情愛〜
式は人前式を選んだ。招待した六十人程度の人々の前で結婚を誓い合う。そのまま披露宴も兼ねて食事が供された。大原と樫井も祝福に駆けつけてくれ、特に大原はビデオメッセージを御祝いにと持ってきてくれた。外来の患者たちからだというそれを会場で流したところ、映っていたのは外来でよく話していた患者たちで、皆口々に祝福をくれる様子に二人は感激した。
二週間ほど前の事だった。外来診療を終えた大原を、南川が待っていた。
「さち絵ちゃん、お願いがあるんだ」
「あら、なあに改まって」
「菜胡ちゃんにお祝いの唄を贈りたいんだよ、どうしたらいいかな、何か良い方法ないか?」
そうねえ、と悩んでいたら、ちょうどそこに樫井がやってきた。
「それならビデオメッセージにしたら」
「ビデオ?」
「ああ! そうよそれがいいわ! 由雄さんが唄う様子を録画して、それをあたしが届けるわ。会場で流してもらお」
「それは難しいのか?」
樫井が何かを思いついた。
「あ、それなら、診察が終わったら常連さんていうか菜胡ちゃんを気に入っていた患者さんや外来の皆から一言メッセージをもらおうよ、動画でさ。それで最後に由雄さんが唄う姿を撮る。いいんじゃない?」
そんなやりとりがあって、約十日かけて一本のビデオメッセージが出来上がった。菜胡の結婚祝いに一言メッセージをと言われ、戸惑いつつも皆、笑顔でメッセージをくれた。
『菜胡ちゃん、結婚おめでとう。良い方に出会えて私も嬉しいです。菜胡ちゃんに叱られてからは傘を杖代わりにするのはやめています、安心してください。どうかお幸せに。たまには顔を見せてちょうだいね』
叱られた、というところで笑いが起きた。
雨の降っていない日、傘を持っている人が待合室に居た。毎週来る年配の女性で、菜胡が傘を持っている理由を聞いたところ、玄関にあってすぐ手に取れたから持って来たのだと言った。杖にもなるから、と。その得意げな様子に、菜胡は声を荒げた。
「傘は杖にはならないからだめよ! 傘の先は滑り止めがついていないし骨だって細いんだから。転んだらどうするの、打ち所が悪かったらどうするの!」
彼女はこの時の事を言っていた。叱るなんて大それた事をしたと思っていたが、きちんと杖を使ってくれているそうで安心した。
『菜胡ちゃん、棚原先生、結婚おめでとうございます。息のピッタリ合うお二人の診察室での様子はとても微笑ましくて、早くくっつけばいいのにって思っていました。だから嬉しい。いつかきっとメンチカツ食べに来てください、とびきり美味いの作って待っています。お幸せに』
複数の患者さんにビデオの前でしゃべってもらった。棚原は当然この事を知っていた。
彼らのメッセージのあと、南川が待合室に立つ姿が映し出された。俺はもうダメだと弱音を吐いていた由雄は、杖を点きながら自力で歩き、菜胡へのメッセージを口にした。まんまる顔で、長い眉毛が困り眉を作っていて、とても元気そうな笑顔の由雄に目が潤む。
『さち絵ちゃん、もういいか? これ喋っていいの? どこ、俺映ってんのか? いいんだな。よし。えー、棚原先生、菜胡ちゃん、結婚おめでとうございます。二人の地図はまだ真っ白だ、これからきれいな虹色に染め上げていけることを願って、拙いですが菜胡ちゃんと約束していた唄を贈ります――』
南川が唄い始めた。それは約束していた「小諸長唄」だった。菜胡は顔を覆った。退職するにあたって、特に顔見知りの患者へは結婚の報告と退職の挨拶をしていた。由雄にも挨拶をしたが、その時は唄の事をすっかり忘れていた。だから余計に嬉しかった。棚原もこれは知らなかったから驚いた。涙を流す菜胡の肩を抱いて、ビデオを見続けた。
一生懸命に唄い終えた由雄は手を振って、満足気に大原とハイタッチをして映像が終わり、その和やかな空気のまま式は無事に終わった。