例えば今日、世界から春が消えても。
「うん」


素直に頷いた僕は、そのままそっと右腕の傷跡に触れた。


痛くもないのに傷跡を守るような仕草を無意識に取ってしまうのは、もう癖なんだと思う。




夏休み、僕とさくらは遊園地以外にも様々な場所を訪れた。


デートと称して行き先を決めたのはもちろん彼女で、海に行った時も水族館に行った時も、映画館で青春映画を鑑賞した時でさえ、彼女は1秒たりとも笑みを絶やさなかった。


でも、一緒に水族館へ行った時だけ、さくらは寝坊したせいで1時間も遅刻したんだ。


だからきっと、2学期が始まる事に対して張り切り過ぎた彼女は前回と同じ過ちを繰り返しているのだろう。



「電話にも出ないから、本当に寝てるのかも」


エマの長い髪が揺れるのを視界の隅に捉えつつ、僕は短く息を吐く。


「当たり前だろ、どうせHR中に駆け込んでくるよ」


大和の言葉を完全に信じ切ったエマは、そうだね、と、スマホの電源を切りながら笑って頷いた。



この時は、僕も2人も、さくらが学校に来ていないのはただの“寝坊”だからだと思い込んでいた。


でも、彼女はHRと始業式が始まっても、学期明けのテストが始まっても教室に駆け込んでくる事はなくて。


心配してメールをしても既読がつかず、電話も繋がらず、僕達は彼女と完全に連絡が取れなくなってしまったんだ。
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