例えば今日、世界から春が消えても。
エマの申し訳なさそうな声が、カフェのドアに取り付けられたベルの音で掻き消される。


「…さくら、」


この胸の激しい鼓動は恋愛感情から来たのか、それとも強い不安感か。


原因は後者だ、と強い確信を抱きながら、僕は、薄くなった髪の向こうに見えるさくらの泣きそうな横顔を見つめ、震える息を吐き出した。


「何が、あったの…?」



今朝、彼女の手に握られていた抜け毛のようなものを見て抱いた疑問。


その答えが今、最も聞きたくない形で明かされるのかもしれない。


『私は7歳の誕生日、あと10年生きたいって願った。…だから、私は17歳の誕生日に死ぬの』


彼女がそう教えてくれた日が、もう遙か昔のような気がする。


知りたい、知りたいけど、

教えないでくれ。



「…そっか。ハワイの火山、噴火してたんだね」


でも。


暫しの沈黙の後、諦めたようにそう吐き出したさくらは、ゆっくりと顔を上げた。


それはつまり、彼女が空白の2週間に海外旅行をしていなかった事を示していて。


彼女は口角を上げたまま、ゆっくりと左を向く。


そこにあるのは、目を見開いたまま動きを止める僕の間抜けな姿。


「ふふっ、変な顔」


僕の目が何を語りかけているかなんて君にはお見通しのはずなのに、彼女は敢えて気づかないふりをして笑い声を上げる。


そして。


「あのね」


彼女はゆっくりと正面を向き、この機会を作った張本人達を真っ直ぐに見つめた。



「…私、入院してたの。白血病っていう病気に、なっちゃったみたいで」



さくらが、初めて笑顔という名の仮面を付けているように見えた。


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