例えば今日、世界から春が消えても。
「冬真君は、今はまだ決めきれてないの?」


何かを悟ったらしいさくらの声は、何処までも綺麗で澄んでいた。


「……ごめん、」


申し訳なさを覚えながら微かに頷くと、

「ううん。…じゃあ、そうだな。私の次の誕生日までに教えて?約束ね」

彼女は口元から笑みを絶やさぬまま、悲し過ぎる言葉を口にした。


「っ…うん」


僕が君との約束を守る日は、君がこの世から居なくなってしまう日。

これは、僕達にしか分からない暗黙の了解。


男のくせに、涙が零れ落ちそうになる。


「ふふっ」


そんな僕を慈しむような目で見つめたさくらは、すっと正面を向き直った。


その瞬間、彼女に纏わりつく空気が一瞬にして変化する。


今までの彼女の雰囲気が光のような黄色なら、今の彼女の周りは深海のような藍色だ。


「私の夢はね、」



…ああ、彼女は伝えようとしているんだ。

自らの願いと引き換えに背負った運命と、予測しうるその結末を。


クラシックが流れ、ゆったりとした空気が流れる店内で、僕達の座るテーブルだけが異様な雰囲気を醸し出している。


いつの間にか毛量が少なくなっていた黒髪の向こう側に、さくらの凛とした横顔が見えた。


隣の席なのに、何にも気付いてあげられなくてごめん。

仮にも偽の彼氏なのに、独りで背負わせてしまってごめん。

不甲斐ない男で、ごめん。
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