例えば今日、世界から春が消えても。
そんな彼女達は、つい先程まで春についての話題に良い顔をしなかったのに、飯野さんの名前については何とも思っていないようだった。



「えっ、エマちゃんモデルやってるの?すごーい、ポージングしてるエマちゃん見てみたい!」


「高校から始めたばっかだから、まだ全然なの。でもありがとう」


飯野さんからキラキラした目を向けられ、エマが嬉しそうにはにかむ。


「そっかあ。でもこれからだね!エマちゃんならパリコレも歩けそう」


「やだー、冗談でも嬉しいんだけど!」


女子というのは、恐ろしい生き物だ。


1時間目の授業に使う教科書をリュックから引っ張り出しながら、僕はそんな事を考える。


女子は、人と仲を深める速度が男子の倍以上に速い。


現に今、エマと飯野さんは話し始めて数分で連絡先を交換する程の仲になっているではないか。


ふっと横を向くと、


「大和君も欲しい?うん、良いよ!これ、QRコード」


と、ちゃっかり大和が飯野さんの連絡先を教えて貰っているのが映った。


嘘だろ、お前もかよ。

自分の恋人は永遠にサッカーボールとか言ってたくせに、速攻で抜け駆けじゃん。


心の中で突っ込んでみたものの、所詮他人の事なんて関係ない。


そのまま自分の殻に閉じ籠っていると、


「冬真、お前も話そう」


案の定、大和から声が掛かった。


「…いや、眠いから」


でも、僕は心にもない事を言って窓の方を向き、目を瞑った。



本当は、ちっとも眠たくなんてない。


自分が愛想の無い態度を取ってしまった事も、いつも俯瞰的に物事を見ている事も、全部全部自覚している。


けれど、

光の当たる世界に踏み出す方法は、とうの昔に忘れてしまった。



「フユちゃん…」


エマの悲しそうな呟きが、何処か遠くの方で聞こえた気がした。


< 12 / 231 >

この作品をシェア

pagetop