例えば今日、世界から春が消えても。
さくらにそう言われ、こめかみに指を当てて数秒考え込んでいたエマは、本当だ…、と、泣き出しそうな顔をこちらに向けた。


「っ…言われてみれば、そうかもしれない。春について考える機会なんてほぼ無かったけど…ほらあの花、何だっけ。向日葵?」


「違う、桜だよ」


「それだ」


間違った答えに訂正を入れると、エマは親指をこちらに立ててみせる。


今の会話だって、現代の若者がしてしまう典型的なもの。


桜なんて花は、今や日本史の試験にしか出て来ない植物だし、そもそもこの世から消えた花の名を覚えている方が凄い事で。


でも、9年前の“当たり前”を知っている彼女からしたら、この会話を聞いてやり切れない何かを感じるのかもしれない。


「桜について、私達は何にも覚えてない」


エマが話し始め、僕と俯いたままの大和は同時に頷く。


「でもサクちゃんは、…サクちゃんだけが、知ってるんだよね…?」


「っ、」


エマの涙ながらの問いかけに、さくらが身体を強ばらせて、


「…ごめん、」


肯定とも取れる謝罪の言葉を吐き出し、涙を流さないように上を向いた。


「さくら、」


そんな彼女がいたたまれず、僕は彼女の肩に手を添える。


「何でお前が謝るんだよ…生きたいって思うのは、当たり前の感情だろ…!」


そこで、今まで会話に参加してこなかった大和が掠れた声をあげた。
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