例えば今日、世界から春が消えても。
此処でぐずぐずしちゃいられない、さくらの後を追い掛けなければ。


掠れた声でお礼の言葉を伝えた僕は、一目散に彼女が向かった路地目掛けて走り始めた。


「結果教えろよー!」


男らしい大和の、頼もしい大声を背中に受けながら。






「はぁっ、はぁっ、…」


さくらが消えた路地を曲がり、一心不乱に歩道橋へ繋がる道を走り続けて、早10秒。


彼女の姿は何処にもないし、部活を退部したあとの自分の体力の衰えを切に感じる。


何処にいるんだ、さくら。

それに、いつも歩道橋の前で別れていた僕は彼女の家を知らない。


…大和にあれだけ盛大に見送られたのに、さくらにも会えずに帰宅するなんて恥ずかしすぎる。

最悪の場合、明日の学校はやむを得ず欠席するしか道はない。


なんて、そんな事を考えながら走り続けていた矢先。


「わ、」


いきなり視界が開け、大通りとその上に掛けられた歩道橋が姿を現した。


さくらに初めて下の名前で呼ばれて、彼女が僕に春の美しさを教えてくれた思い出の場所。


僕は走る速度を緩め、手で髪をかきあげながら彼女の姿を探す。


階段には誰の姿もなくて、橋の所には……


「っ、さくら!」



居た。


リュックよりも小さく見える身体で、病魔に蝕まれつつあるその足でこちらに背を向けて歩く、最愛の彼女の姿が。
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