例えば今日、世界から春が消えても。
「実は私も、…冬真君が、偽物の彼氏じゃなかったら良いのにって、ずっと思ってた」


そう言って無理矢理に口角を上げた彼女は、静かに言葉を紡いでいく。


「最初のデートの時、ママが言ってた青春ってこの事を言うんだなって思って…」


楽しくて幸せで忘れたくなくて、最高の瞬間だったの。


目を擦った彼女は、涙で濡れた髪を揺らして僕に微笑みかけた。


「…私も、冬真君の事が、好き」


遊園地に行った時から、手を繋いだ時から、好きだった。


「っ、」


今までの人生で一番に温かい言葉が降りかかった瞬間、僕の視界が涙で曇り始める。


ああ、君と僕はずっと泣いてばかりだね。

笑い上戸で泣き虫な君は、笑う事も泣く事もしなかった僕に感情を与えてくれたんだ。


でも、今は泣いてはいけない。

必死で自分に言い聞かせた僕は、ぐっと涙を堪えて下手くそな笑顔を浮かべる。



「さくら。僕と、……」




瞬間、いつかのようにトラックが大きな音を立てながら歩道橋の下を通過した。


その轟音と風のせいで、自分でも自分の声がよく聞こえなかったけれど。



「最後まで、…最期まで、よろしくお願いしますっ…!」



その目から溢れ出しそうな程に涙を溜めた彼女が、花が咲いたような美しい笑顔で頷いたのを見て、

僕の言葉は確かに彼女に届いたのだと、確信を得ることが出来たんだ。


さくらの笑顔が僕に移って、

「1番叶えたかった願い、叶った…!」

心から幸せそうに口にした彼女の唇に、

「んっ、……」

僕は、正真正銘、本物のファーストキスを落とした。




最初で最後の幸せを手にした僕達を、暗闇に抗い続ける太陽が一筋の光と共に祝福していた。


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