例えば今日、世界から春が消えても。
安心した気の緩みからか、思わず笑みが零れる。

あ、こうやって自然と笑ったの、いつぶりだろう。


僕が自分自身に驚いている事に気付いていない様子の彼女は、あはははっ、と笑いながら手を叩いている。


そこで、僕は気付いたんだ。

彼女の明るさのおかげで、今までずっと会話のキャッチボールが続いていたという事に。



「なら、飯野さんは此処でも美術部に入るの?」


ひとしきり笑い終えた彼女と歩みを進めながら、僕は自分から尋ねてみた。


「ううん、入らないよ」


てっきり先程と同じ明るい返事が帰ってくる事を期待していたのに、僕の肩ほどの背丈しかない彼女は、こちらを振り返らないまま静かに答えた。


「…けど、引退までまだ1年以上あるのに」


「いいの」


階段の踊り場に辿り着いた飯野さんは、手すりを軽く掴みながら階段を降りて行く。


「前の高校で満足したから、絵とはきっぱりお別れしたんだ」


その声が少し暗い気がして、僕は足を止めた。


「だって、コンテストで特別賞取っちゃったんだもん。良い思い出のまま終わらせたいじゃん?」


でも、階段の途中で仰け反るようにしてこちらを振り返った飯野さんは、口元に満面の笑みを称えていた。


だから、彼女の声が暗かったのはきっと僕の聞き間違いだ。


「そっか。賞は凄いね」
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