例えば今日、世界から春が消えても。
なんせ、自分の本当の両親は既に他界しているから余り記憶にも残っていないし、叔母達は冷た過ぎて”家族”のロールモデルを逸している。


元々人と話す事が苦手な僕は、さくらのご両親とまともに会話をする事が出来るのだろうか。


ここまで来て、いつもの暗い考えに支配されそうになったけれど。


「…行くしかない」


以前までの僕からは考えられないほどの強い口調でその考えを瞬殺した僕は、深く息を吸って玄関のインターホンを鳴らした。


さくらに出会って、僕も少しは変わったんだ。



「…はーい」


インターホンを慣らしてすぐ、さくらの母親と思われる女性の声が微かに聞こえてきた。


叔母のように冷徹な人だったら…いや、そんな事はないはず。


ごくりと唾を飲み込んだ僕の目の前にあるロックが外された音がして、玄関のドアがゆっくりと開かれる。


緊張状態が上限に達していた僕の鼓膜を震わせたのは、


「あらー!貴方が和田君ね、いらっしゃい!わざわざ来てくれてありがとう、外は寒くなかった?」


さくらとよく似た目鼻立ちが印象的な、美しい女性だった。


「あの、初めまして。さく…飯野さんとお付き合いしている、和田です」


「やだぁ、そんなに堅苦しくなくて大丈夫よ。さあ、上がって上がって!あの子も、今日が来るのを本当に楽しみにしていたみたいだから」
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