例えば今日、世界から春が消えても。
「…これが、私が消した春なんだよ」


背中に、さくらの物悲しい声が突き刺さった。


「そっか、これが…」


けれど、もう彼女の声に返答する余裕もない僕は、自分が持ってきたトートバッグからあるものを取り出した。


「それ、何?」


さくらの声が今度こそ僕の耳に入り、僕はぱっと顔を上げて説明する。


「これ、僕が両親と撮った最後の家族写真なんだ。ずっと日の当たる所に置いてたから色褪せちゃって、本物の桜の色が分からなかったんだけど」


さくらはポキンと折れてしまいそうな腕を伸ばし、僕が持っていた宝物ー写真立てーを大切そうに受け取った。


そこに映っているのは、桜の木の下で満面の笑みを称える自慢の両親と中央で変顔をしている幼い僕。


「本物の桜は、…さくらだけが知る桜は、こんな色だったんだね」


そう言った瞬間、感動から生まれた鳥肌が全身を駆け巡るのを感じた。


今なら、両親がどうして春という季節を愛していたかが何となく分かる気がする。



「…綺麗、」


その時、不意に彼女が囁くようにそう呟いたから、再度床に腰を下ろしていた僕は身を乗り出す。


「桜もそうだけど、冬真君のご両親、…すっごく綺麗」


彼女は、ゆっくりと僕の顔を見て微笑む。

その目には、いつの間にか涙が溜まっていた。
< 175 / 231 >

この作品をシェア

pagetop