例えば今日、世界から春が消えても。
「この写真、今にも動き出しそう」


鼻を啜った彼女は、写真に収められた僕の両親の姿をそっと撫でる。


そう言われてもう一度その写真を見返してみると、

『冬真!こっちおいで、写真撮って貰うからね』

あの日の両親の声が聞こえてきた気がして、思わずさくらの感情が移りそうになった僕は、自分を落ち着かせるために短く息を吐いた。


「この桜が、あんな事に…」


遂に写真立てを我が子の如く抱き締めた彼女は、目を閉じたままドアの方を指さす。


「右側の絵、見て欲しい」


「え?あ、うん」


言われるがままに頷いた僕は、ドアの右側に掛けられた絵を見て、

「っ、」

文字通り、言葉を失った。


何故なら、そこに描かれていたのは、

「私が盗んだ、春の姿だよ」

9年前のあの日を彷彿とさせる、桜の蕾だけが地面に落下している恐ろしい光景だったから。


病室から見えた光景なのだろうか、絵の左側には病院のベッドと思われるものが描かれていて、左側にある窓の外には全ての蕾を落とした桜の木が立っている。


地面には開花直前の桜の蕾が山のように降り注いでいて、先程まで彼女の絵に抱いていた畏敬の念が何処かに消えてしまう程、その絵は全ての日本人が抱いたであろう”不安”と”恐怖”を表しきっていたんだ。
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