例えば今日、世界から春が消えても。
「これは、自分への戒めの為に描いたんだ。…誰に何と言われても、これは私のせいだから」


「…」


満開の桜と枯れかかっている桜を交互に見て息を吐いた彼女を見て、僕はどう言葉を掛けて良いか分からずに固まった。


だって僕の心の中では、彼女の言い分も理解出来るという冷静な感情と、それでも彼女を失いたくないという愛情がせめぎ合っていたから。


「って、何でこんな話してるんだろう!あ、冬真君、私のベッドの下にある引き出し開けてみてよ。もっともっと春を描いたんだから」


そんな僕を見て我に返ったらしい彼女は、慌てて苦笑いを浮かべながらベッドの下を手で指し示した。


「ああ、うん」


さくらを安心させるよう微笑んだ僕は、言われた通りに引き出しに手を掛ける。


そうして、引き出しの中に潜り込んだ僕の両手が掴んだのは、

「え、もしかしてこれ全部?」

数冊のスケッチブックと、何枚もの画用紙だった。


「もちろん。春しか描いてないよ」


何処か誇らしげにそう言う彼女の横にそれを置いた僕は、2人で覗き込むようにしながらスケッチブックを開いた。


そして、僕の口からは今日何度目かの声にならない声が漏れる。



彼女は、自分の知りうる全ての春を絵に残していた。


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