例えば今日、世界から春が消えても。
季節外れに降りしきる雪の中、日光を浴びて嬉しそうに咲き誇る桜の花。

三色団子を食べる男女、桜の木に木登りをする少年達。

ピンク色、という言葉がぴったりな春によく似合う、今では消え失せた春服を着ておしゃれを楽しむ女子高生達。

桜の花を頭に挿し、”卒業式”と書かれた立て札の隣で写真を撮って貰う少女。

日本史の教科書でしか見なくなったひな人形を飾ろうとしている、幼い女の子の姿。

桜の蕾と花のスケッチに、木の枝に止まる“春告げ鳥”のツバメ。

桜吹雪の中、新品のランドセルを背負って川沿いを歩く男の子と、その数歩後ろで涙を拭っている両親。



「…凄い、」


彼女が描いた春は、本当に現実にこんな瞬間があったとは信じがたい程の美しさと儚さを併せ持っていて。


完全に語彙力の欠如した言葉で感想を述べる事しか出来ない僕に、

「うん。本当の春は、これの何倍も凄いんだよ。…冬真君も、もう少ししたら見れるからね」

僕に写真立てを返してスケッチブックを閉じた彼女は、そう言ってにこりと笑った。




その後、彼女の絵を元あった場所にしまった僕は、さくらの為に買ったケーキをいそいそと取り出した。


「クリスマスだから、ショートケーキ買ってきたよ。食べられなさそうなら食べなくても良いし、もちろん残しても良いけど…」
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