例えば今日、世界から春が消えても。
「食べるよ。もちろん食べる!」


病魔に冒されても食欲だけは健在なのか、先程まで目に涙を溜めていた彼女は喜んで手を叩いていて。


その姿を愛しく思いながら、僕は彼女の分のケーキを小皿に取り分けてその手にフォークを持たせた。


もうすぐ、この家にお邪魔してから1時間が経とうとしている。


でも、良いんだ。

一緒に両手を合わせながら、僕は心の中で独りごちる。


さくらとこうして一緒に居られて笑い合えるだけで、僕は両親が死んで以来味わう事のなかった幸せを心の底から感じているのだから。


「いただきます!」


紅葉饅頭のように可愛らしかった彼女の手は骨張っていて、出会った頃の面影は見る影もないけれど。


さくらがさくらで居てくれるだけ、救われる気分になった。



「ん、美味しい!…冬真君、上のイチゴ要らないならちょうだい」


「良いけど、欲張りだね」


「だって、このイチゴ甘いんだもん。…あ、冬真君は食べてないのか」


「…怒るよ」


「嘘、冗談だってば!」


そうして、同じものを食べて幸せを分け合ったのもほんの束の間。


さくらの身体は糖分の多いものを摂る事を拒否しているのか、彼女は数口でフォークを口に運ぶ手を下げてしまった。


でも、僕の中には後悔なんて何もない。


ごめんね、と謝る彼女に首を振りながら、僕自身も空気を読んでケーキを食べる手を止める。



「…あのさ」


それから暫く他愛のない話をしていたとき、急にさくらがそう切り出した。


「うん?」


毛糸の帽子の上から彼女の頭を撫でていた僕は、その手を止めて聞き返す。


「…そろそろ、プレゼント交換やらない?私、早く冬真君の反応が見たくてさ」


全く具合の悪い様子を見せない彼女は、僕の顔を真正面から見て微笑んだ。


「考えて考えて、初デートに相応しいプレゼントを選んだんだ」


「そうだね。僕も良いのを選んだよ」


そう言われてみれば、僕達の与えられた制限時間まで残り45分を切っていた。


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