例えば今日、世界から春が消えても。
「このリストには、他にもやりたいことを幾つか書いておいたの。でもそれは絶対に叶うはずだから、間違っても覗き見して叶えようなんて思わないでね。見るのは私が死んだ後。良い?」


俯く僕の肩に、さくらの手が乗せられた感覚がした。


彼女の声は有無を言わさない響きを持っていて、唇を噛んだ僕は小さく頷く。


「それとね、桜の花言葉って色々あるんだけど、“私を忘れないで”っていう少し重めの意味もあるんだって。初めての彼氏に忘れられたら嫌だからアルバムを作ってみたんだけど、どうかな…?ちょっと張り切りすぎたかも」


そこで、涙を必死に引っ込ませた僕はさくらの顔を見上げる。


僕が泣きそうなのに気付いているはずなのに、自分も泣きたいはずなのに、彼女は気丈に振る舞っていた。

まだ、笑っていた。



「…ううん、重いわけないじゃん」


首元に光を纏ったさくらは、僕が見てきた中で1番に美しい。

そして、何よりも愛しい存在で。


僕はゆっくりと首を振り、泣き笑いを浮かべながら彼女の両手を握った。


大和に言われた通り、プライドは捨てて希望だけを抱いたまま。


「僕が君を忘れるわけないって、君もよく分かってるでしょう?…だって、さくらは僕に生きる理由をくれたんだから」


さくらの温かい手が、僕の右手の袖の中に入ってくるのを感じる。

彼女が触ろうとしているのは、僕の古傷。
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