例えば今日、世界から春が消えても。
怪我が治ってから、雨の日や気圧の変化がある日には必ず痛んでいた醜い傷跡。


外に晒すのも怖かったし、訊ねられても触るのを許した事なんて1度もなかった。


でも、彼女のおかげで僕は変わった。


今も傷跡は痛むけれど、

もう、その痛みを消す方法を知っているから。


「さくら。…もう、大丈夫だよ」


僕は、そっと右腕の袖を捲ってみせる。


「っ、うん…」


顕になった古傷は、何かに引っ掻かれたような痕を作っていて。


でもこれは、両親が僕を命懸けで助けてくれた名誉の傷なんだ。


「痛くなったら、ちゃんとおまじない唱えてね…。そしたら、痛いのなくなるからっ、」


「っ、分かってる、」


僕の傷跡を優しく撫でる彼女の頬は、既に涙に濡れていた。



さくらも僕も、分かっていたんだ。


僕達に残された時間はもう3ヶ月を切っていて、最悪の場合、彼女は新年を待たずに入院するだろうと。


入院したら会えるかすらも分からないし、彼女がいつ容体を急変させるかも分からない。


だからこそ、僕達が最後の想いを伝え合う日は今日しかなかった。


「ねえ、さくら」


どうしても我慢出来なくなって、僕は彼女の手を取る。


傷跡に触れていたさくらが、そっと目線を上げた。
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