例えば今日、世界から春が消えても。
｢だから、早くにあの世に逝くのは勿体ないから、冬真君はおじいちゃんになるまで人生を楽しみますって伝える。定年退職してから世界一周旅行して、外国で女の人ナンパして、宝くじで1億円当てて大金持ちになっちゃうから、｣


嗚咽を漏らしながら冗談を言い続ける彼女を、優しく、でも、力の限りに抱き締める。


｢冬真君は幸せになって人生を謳歌するから、絶対に迎えに行かないで下さいってお願いする。少しの間私とお話してましょうって、…春は必ず戻ってくるから、それを雲の上の特等席でお花見しながら待ってましょうって…！｣


｢さくらっ…｣


この期に及んでも尚僕の事だけを考え続けるさくらが堪らなく愛しくて、そして苦しい。


｢もう、言わなくていい。何も言わなくていい…！｣


｢冬真君、っ……！｣


僕の肩の上に顔を乗せて咽び泣く彼女は、一体何を思っているのだろう。


死に対する恐怖は少なからずあるはずなのに、それを一切口にしない彼女は本当の本当に強い。


…もう、絶対に死にたいなんて考えない。

目の前に本気で死と闘っている人がいるのに、自分はなんてちっぽけなのかありありと気付かされた。



｢…聞いて、冬真君｣


その体勢で暫く彼女の背中を擦っていると、未だにしゃくり上げている彼女が僕の肩を叩いた。


｢私は来年の春に死ぬけど、…それでもずっと、生きてるんだよ｣


｢ん？｣
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