例えば今日、世界から春が消えても。
彼女の言葉の意味が分からず、僕はさくらの目を見つめる。


赤くなったその目を細めた彼女は、一輪の美しい花を咲かせた。


「30年後まで、春は来ないって言ったでしょう?それは私が生きる為に盗んだ時間だから、…今から30年間分の3月から5月は、昔の私が使ってる事になるの」


「…ん?」


彼女の言葉の意味を噛み砕けなかった僕は眉間に皺を寄せたものの、それからすぐに彼女の言いたい事が分かり、目を見開いた。


以前、さくらは自分が1年生きる毎に4年分の春を盗んでいると言っていた。


それはつまり、

「来年の3月から5月…その時期に来たるべき春は、9歳の頃のさくらが使ってるって事…?」

確信に近い感情を抱きながら確認すると、さすが理系、計算が速いね、と彼女は頷いた。


「だから…冬真君は、毎年春があった時期に過去の私と生きてる事になるの。それって、何か格好良くない?」


そう言いながら泣き笑いを浮かべた彼女の頬に流れる涙を、僕は優しく拭う。


「格好良いなんてもんじゃない。毎年過去の君と時間を共有出来るなんて、最高だよ」


さくら。

君は、愛しい愛しい僕の恋人。


私も、と幸せそうに笑う彼女を慈しむように見つめながら、僕は再び口を開いた。


「30年後に本当に春が来たら、…桜を見て、君を思い出すよ」
< 191 / 231 >

この作品をシェア

pagetop