例えば今日、世界から春が消えても。
『それはつまり、今から29年後に“春”に近い気候が見られるという事ですね？』

『その通りです。冬眠から目覚める時期がバラバラだった動物達も、この頃になるとほぼ同じ時期に目覚めるようになります。そして、問題の30年後ですが』


アナウンサーの質問に答えた学者の男性は、興奮気味に鼻息を荒くさせながらある一言を投下した。


『10年前と同じように、3月下旬には桜の開花が見込まれます。…春は、30年後に戻って来るのです』




｢……これ、本当？｣


ニュース中継が終わっても尚、僕は呆然と固まったままで。


信じられない程の衝撃と興奮で息が出来ないし、手が震えて止まらない。


何故なら、今の学者の仮説はさくらが遥昔に立てた仮説を肯定している事になるのだから。


｢本当だよ、学者さんが言うんだから間違いない！さくらが言ってた通り、春は30年後に戻って来るんだよ！｣


僕の手からスマホを取った彼女は、ぬっと僕の顔を覗き込んできた。


｢さくらの言ってた事は嘘じゃなかった。…さくらは、本当に春を盗んで、生きてたっ……！｣


日光に反射して光っていた瞳が瞬く間に潤み始め、海の水面のようにキラキラと光った雫が彼女の長いまつ毛を震わせる。


エマと僕が抱いている感情は、全く同じはずだ。
< 195 / 231 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop