例えば今日、世界から春が消えても。
と。


「うわ!」


丁度廊下を曲がってきた人とぶつかりそうになり、僕は慌てて身を翻した。


けれど、

「あら、冬真君じゃない!」

その人は驚くどころか、嬉しそうに僕の名を呼んだんだ。


「えっ、?」


花瓶を取り落としそうになった僕は、おかしな体勢でバランスを取りながら声の主の方を見上げ、

「あ、さくらの…」

慌てて姿勢を正した。


「朝早くから皆で来てくれてありがとうね。私達もケーキを買ってきたから」


何故なら、僕にぶつかりそうになっていた人はさくらの母親だったから。


愛娘の誕生日を祝う気満々らしい彼女は、満天の星空を写し取ったかのように綺麗な青色のスカートを履いている。


…いや、一瞬“祝う気満々”だなんて思ってしまったけれど、

さくらの母親も、綺麗な姿で自分の子供を送り出したいのかもしれないと、後から感じた。


その半歩後ろには、ケーキの箱を持った父親が立っていて。


「君みたいに真摯な彼氏が居てくれて、さくらも幸せだよ」


僕の顔を見たさくらの父親は、まるで娘の門出を見送る時のような微笑ましくも悲しげな笑みを称えた。
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