例えば今日、世界から春が消えても。
「…飯野」


さくらの目を真っ直ぐに見つめながら口を開いた彼は、手にしていたサッカーボールを掲げてみせた。


「お前がこれにメッセージ書いてくれたの、覚えてる?『人生の沢山の場面で、1番格好良いシュートを決めて下さい』って…」


さくらからの心の籠ったメッセージを読み上げた瞬間、大和の声が震え始める。


「俺、お前みたいに本気で試合を応援してくれた人に出会った事なくて、…あの時、本当に嬉しかった」


さくらの目が、どこか自慢げに細められる。


「このボール、生涯大事にする。家宝にする。俺、本気だからな」


何処か頭の悪さが滲み出ているその台詞も、この場では涙を誘ってくる。


出会えて良かった、ありがとう。

最後は囁くようにして伝えた大和は、まるで試合終わりに校庭に向かってするように、彼女に向かって深々と頭を下げた。


それは、スポーツ馬鹿な彼が考え出した、相手に最大級の敬意を払う方法。



彼が涙を拭いながら戻ってきたのを見届けた僕は、最愛の彼女の元へ歩みを進める。


クリスマスに受け取った、彼女からの最初で最後の贈り物を手にしながら。



「…さくら、」


彼女を前にして伝えたい事は沢山あったのに、そのどれもが出て来ない。
< 217 / 231 >

この作品をシェア

pagetop