例えば今日、世界から春が消えても。
僕の夢は、誰にも奪われないし消える事もない。


「…もう、死にたいなんて考えない。僕は、さくらの分まで沢山の事を経験して、おじいちゃんになるまでこの世に居るから」


その後は、心の中で話し掛けた。


だから、君も待っててね。


僕の言葉を全て汲み取ったさくらの唇が震え、新たな涙が頬を流れる。


『大丈夫。冬真君のご両親と、ずーっと待ってるよ』


「っ、さくら…!」


顔を歪ませた僕は、我慢出来ずに彼女の身体を抱き締めた。


愛してるよ、ずっとずっと愛してる。

僕を生かしてくれてありがとう、夢を与えてくれてありがとう。


最後に彼女の耳元でそう伝えれば、彼女も僕の耳元に唇を寄せてきた。




「……だい、すき」




それは、世界中の全ての言葉を持ってしても代えられない、1番の温かさを含んだ愛の言葉。



さくらの身体から身を離した僕は、彼女の目がゆっくりと閉じていく瞬間をしっかりと見つめていた。


10年前に抱いた願いを叶えた代償として、今まで独りで闘ってきたその重圧から解放されて、

君は、何の痛みも苦しみもない所へ逝けるんだね。



春を盗んだ少女、さくら。



一筋の涙を流して口角を上げたまま、


彼女はまるで、眠っているかのように美しかった。




「サクちゃんっ…!」


遠くから、心電図の高く長い音が鳴り続けている。


号泣する大和の肩に顔を押し付けて赤子のように泣き喚くエマ、我が子を力の限りに抱き締めて嗚咽する両親。



残された僕は、その場に膝から崩れ落ちるようにして座り込み、

「っ、…あぁああ…っ……!」

顔を覆って、泣き叫んだ。


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