例えば今日、世界から春が消えても。
昨年、40年間も花を咲かせなかった桜の枝に蕾が現れたのが大きなニュースになった。


人々は失われた春についての知識を深め、今では“お花見”や“ひな祭り”といった行事を復活させようと勤しんでいて。


今年は3月の初旬から桜の蕾が出現しているから、中旬には開花が見込まれるという宣言が出されていた。



さくらとの約束を果たす為に、僕は決して楽しい事ばかりではない日々を生き抜いているんだ。



「…そろそろ行こっか」


3人揃って手を合わせた後、エマがそう言って歩き始めた。


何か、3月なのに暑いね。今年から春が戻って来るんだもんね。


さくらに選んで貰ったワンピースを再利用したハンカチで首筋を拭くエマは、何処か嬉しそうで。


「だな」


そんな彼女に続く大和の持つ肩掛けバッグには、高校生の頃に大事にしていたサッカーボールの一部分を切り取ったキーホルダーが揺れている。


その部分には、さくらからの熱いメッセージが光っていて。


「せっかくだし、歩道橋の方通って帰らない?」


地面に置いていた鞄を手にした僕は、慌てて2人を追い掛ける。


その中に入っていたあの日のアルバムが、ことりと音を立てた。
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