例えば今日、世界から春が消えても。
ずっとこの場所に置いているから色褪せてはいるものの、両親の幸せそうな笑顔はいつまでも消える事はない。


この写真の中に閉じ込めた春は、どんなに素晴らしいものだっただろうか。

この日見た桜は、どんなに美しいものだっただろうか。


思い出したくても、まるで頭の中に霧がかかっているかの様に、その景色を思い出す事は出来なかった。



「会いたいな、」


お母さん、お父さん。


ぽつり、と。


両親の名を声に出した瞬間、あの日の出来事が魔物の様に僕に襲いかかった。




僕が5歳になった春のある日、両親は僕を連れて花見に行った。


物心がつくかつかないかの時期だった僕は公園で何をしたのかはよく覚えていないけれど、両親と一緒にピクニックをして、ゆったりとした時間の流れに身を任せて、写真を撮って、

とにかく、その日がとても充実していたという事は覚えている。


後から聞いた話だけれど、両親は会社で執り行った花見パーティーの時に初めて出会った為、春、特に桜には格別の感情を抱いていたらしい。


叔母の家に残っていた両親の結婚式の写真からは、巨大な桜の木を背景に執り行われているのが確認出来た。



貴方は冬生まれだから“冬真”、もしも赤ちゃんが春に産まれたら、“春”の要素を入れた名前にしようか。

そんな事を冗談気味に話して、母と笑い合った事を微かに覚えている。
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