例えば今日、世界から春が消えても。
結局、両親が亡くなってから全てを諦める生活をしてきた僕は、ただ息を殺して今もこの家に住み続けているんだ。



「春、か…」


再び何の味もしないご飯を口の中に詰め込みながら、僕はぼんやりと写真に映る桜なるものを眺める。


…こんなものを見て、両親は本当に綺麗だと思っていたのだろうか。


彼らが、わざわざ結婚式をあげる日に選ぶ程に情を入れていたその季節を、僕は何も知らない。



何も、覚えていない。



瞬間。


「いっ…てえ、」


急に、激しく古傷が痛んだ。


「っあ、」


勝手に右腕が痙攣し、持っていた箸が地面に落下する。


これでは、まともに夕飯も食べれないではないか。


今朝感じた痛みとは比べ物にならないそれに対抗するように、ぎゅっと下唇を噛む。


雨が窓を叩く音が聞こえ、最悪だ、と心の中で舌打ちをした。


これだから、雨は嫌いなんだ。

雨の日や低気圧の日は、決まって醜い傷跡が痛むから。


あの日の事なんてほぼ覚えていないのに、まるで僕が本当にそれを忘れてしまうのを拒むかの如く、鋭い痛みが僕の右腕を駆け巡る。


「っ…」


早く食べないと叔母に何か言われる。


なのに、身体が言う事を聞かない。


「はっ、…」


苦しさの混じる吐息と共に、僕はベッドに転がり込んだ。
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