例えば今日、世界から春が消えても。
視線を横に流すと、彼女の腰まであるベージュ色のポニーテールがゆらゆらと揺れるのが見えた。


「だから、日本史で勉強した、春を代表する花って紫陽花で合ってるっけ?って」


湿気がどうのと嘆いていた割に、彼女の前髪はいつもと何ら変わりがないように見える。


「いや、桜じゃない?」


「あーそれだそれだ、桜」


僕の返答に、エマは大きな目を細めて小刻みに頷いた。


アメリカと日本のミックスの彼女は色白の上に容姿端麗で、一つ一つの動作に気品がある。


彼女みたいにそばかす1つ、傷1つない身体に生まれていれば、僕の人生ももう少し華やかなものになっていたのでは、と考えてしまう。


「桜って、あの青いやつ?」


そこで、今まで静かに僕達の話を聞いていた大和が口を挟んできた。


彼は暑苦しいのを理由に剃った丸刈りの頭を掻きながら、空いた片手で器用にサッカーボールを回している。


「だから、それ紫陽花だって。桜はピンクだよ」


1年前、この高校にサッカーのスポーツ推薦で入学してきた彼は、とにかく勉強が人一倍出来ない。


「そんな色してたっけ?まあ、桜なんてもう見る機会ないもんな」


元からこの話題に興味は無かった、と言いたげに、大和は大きく欠伸をした。


「あ、調べたら出てきた。桜」
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